意外に武闘派? 古田敦也、頭脳派捕手が見せた「荒ぶる魂」 (3/3) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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意外に武闘派? 古田敦也、頭脳派捕手が見せた「荒ぶる魂」

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久保田龍雄dot.
古田敦也 (c)朝日新聞社

古田敦也 (c)朝日新聞社

 だが、試合は相川亮二の満塁本塁打などで7回表までに0対11と大量リードを奪われ、せっかくのメモリアルゲームも台無し。そんな矢先、2死一塁で石川雄洋が二盗を試みた。マスクをかぶっていた古田は、二塁に送球するそぶりも見せず、直後、横浜ベンチに向かって「何しとんじゃ、ボケ!」と怒号を発した。

 大差がついた試合での盗塁は、“暗黙のルール”に反する行為であり、メジャーではこれを破ると故意死球などの報復を受けても仕方がないとされる。

 険悪なムードが漂うなか、プレーが再開されると、遠藤政隆は次打者・内川聖一の背中にドスン。さらに村田修一にも頭部死球を与えたため、両軍ナインがマウンド付近に集まり、「わざと当てたな!」「何を!」ともみ合いとなった。

 深谷篤球審は遠藤に危険球退場を宣告したが、これがさらなる騒動を引き起こす。ボールが当たったとき、村田がうずくまるような姿勢で頭を突き出していたことから、古田は「カーブのすっぽ抜けだし、村田が前かがみになったから当たった。何で危険球や?」と猛抗議。「お前、常識持ってんのか?何キロ出てたんや!」と暴言を吐き、遠藤に続いて退場を宣告されてしまったのだ。

 晴れの2000試合出場の日に1対14と大敗したばかりでなく、退場処分まで食う羽目になった古田は「2000試合も出てるが、その中でワーストの試合になっちゃった」と苦笑いだった。

 翌08年、大差の試合での盗塁は記録として認めないことを盛り込んだルールの一部改正が行われた。ちなみにこの試合での石川の盗塁は、「守備側の無関心」を理由に記録されていない。

●プロフィール
久保田龍雄
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。


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