糸井:そのわかったの内容は、まるまるわかってないですよねきっと。わかったことだけがわかった、みたいな状態になるんじゃないですか、一回。
浦沢:いやでも何かね、バラバラなジグソーパズルがあって、途方に暮れてて気絶して、起きたら組み合わさってたみたいな感じ。それは何度も体験してます。
糸井:浦沢さんの中でも、もう何度もあるの?
浦沢:うん。
糸井:そうやって最初から新しい漫画ができることだってありますよね、きっと。他の漫画の連載をしているときにひらめいたことが、今はできないけど次の漫画へってことはないですか?
浦沢:それもありますね。ずっとイメージはあるんですよ。「これは一体何だろう」みたいなのがずーっと。ひらめくといえば、こんなことがありました。新人のときに、ストーリーが浮かばない漫画家は一発でクビになると思ってたんですよ。だから編集者が「来週打ち合わせしよう。それまでに何か考えてきて」って言って、それで「考えてきました」って何か提示できなければ、「はい、君はもう来なくていいよ」って言われると思ってたんです。
糸井:面白い話を考えるやつが、漫画家の中心なんだと。
浦沢:はい。「何も思いつきませんでした」って言ったら、「もう君結構」って言われるんだろうなと思い込んでいたので。
糸井:デビューしてから?
浦沢:そう。それで翌日打ち合わせなのに、何も浮かんでなくて、「うーわあ、何にも浮かんでないわー」って。短編なんですけど。本当にね、夜公園に行って星空を見上げて、「神様ぁ」って言いましたもん、本当にね(笑)。「ぼく何も浮かびません」って。「何かアイデアをください」
糸井:それはその自分が間違ってたんですかね? 今にして思えば。アイデアなんてなくてもいいやぐらいに今はなるんですか? だって、ずっと(アイデア)出してるじゃない。事実は。
浦沢:はい。その後、その日のことが自信になっていくんです。その翌日、打ち合わせの日になって、電車に乗って神保町の小学館に向かってるんだけど、まだ何も浮かばないんですよ。で、遠足の子どもたちがぞろぞろぞろって(電車に)乗ってきて、おっ何かネタになりそうだと思ってじーっと見てたら、ただうるさいだけで(笑)。うるせーなーとか言って、考えがまとまんねーじゃねーかとか思っているうちに神保町に着いちゃって。それで「着きました~」って今も一緒にやっている長崎(尚志)さんが、当時担当編集者でしたから、公衆電話で連絡して、「じゃあ喫茶店で話そうや。歩いて行くから途中で落ち合おう」って、向こうから長崎さんが歩いてきちゃうんですよ。で、わーダメだ、もう一巻の終わりだ、何もないって。それが、交差点のところで「おぅ! 何か浮かんだ?」って言われたときに、「えーとですねえ、悪党がですねえ、ウサギのぬいぐるみを被ってですねえ」って何かしゃべってるんですよ、自分が。何言ってんだろうなと自分でも思ったんですけど(笑)。それで長崎さんが「お、何か面白そうな話じゃん。詳しく聞かせて」なんて言って、喫茶店で「それでその悪党がウサギのぬいぐるみに入って何やってんのそれ?」みたいな話で打ち合わせが始まったんですよ。その時に、これはここまで考えると何か出てくるなっていう。そういう自信にはなったんですよ。
糸井:違う次元かもしれないけど、実はぼくも浦沢さんと同じようなことを繰り返してきましたね。例えば今回時間をたっぷりもらったから、一番いいのを作ろうと思っても、出てきたためしがないですよね?
浦沢:そうですよね(笑)。そんなものは必要ない。
糸井:それこそ神に祈ったらおりてきたということも、ない。
浦沢:ない(笑)。そんなもん、神様なんていないですよね、創作の神様。
糸井:テレビを見ていてヒントを見つけるということもない。そんで本棚の全然関係ない本を出してみても、ない。何にもないなーって言って、ちょっと寝たとか。
浦沢:そうですねー。ぼくの場合はよくガラスを拭きますね。
糸井:いいですねえ(笑)、何ですかそれ。
浦沢:ガラス磨きをしたり、ほこりをとったりしている時間。あの人掃除ばっかりしてるなっていう。それとなんか寝るっていうのはちょっと似てるかなって感じがしますね。
糸井:お風呂はどうですか?
浦沢:あ、お風呂は1回あります。
糸井:お風呂はいいですよね。
浦沢:三谷幸喜さんと話していて、「お風呂はある」って。お風呂も、三谷さんいわく、お風呂からあがって体を拭いている瞬間とかそのぐらいがいいんだよねって(笑)。一番何にもなくなる瞬間。
糸井:あー、から拭きね。
浦沢:ふぁーって何か頭のなかで考えるという作為がぽーんと飛んだ瞬間に、ふぁって何か浮かんでくる。考えようとしていること自体が、すでに浮かばない状態にしちゃっているという。禅問答みたいですけど。
糸井:そこはみんなね、ちょっと何かやってる人はわかると思うんだけど。ロジックで追い詰めていって、「~のはずだ」ってものに答えはないんですよね。お風呂が何でいいかっていうのは、ぼくはお風呂がとても多いんだけど、いま考えたいテーマじゃない、別の“いいこと”を考えるんですよ。で、それをメモしておくと、後で使えるんですよね。
浦沢:浮かんじゃうんですよね。
糸井:浮かんじゃう。やっぱり比重が(笑)
浦沢:あ、お風呂でね(笑)