――ちなみに読者の間では“白乙一”“黒乙一”という用語が浸透していますよね。『きみにしか聞こえない』『失踪HOLIDAY』『さみしさの周波数』といった作品に代表される、“せつなさの達人”と呼ばれるような路線(=白乙一)と、『夏と花火と私の死体』『GOTH リストカット事件』に代表される、グロテスクな残酷さを淡々と描く路線(=黒乙一)を指す言葉です。いわば、この白乙一を象徴したものが中田永一、黒乙一が山白朝子なんじゃないかとも言われていますが……。

安達:(ゆったりとせきばらいをして)くだんの「トランシーバー」の中に、こんなせりふが出てくるんですよ。<すべての境界はあいまいなんです。各自が自分なりの現実認識にしたがって、信じているものを自分なりに定義していくしかないんです>――どうです、素晴らしい言葉だと思いませんか? まあ、おっしゃっていることはなんとなくわかります。確かに、彼らがどこかお互いに共鳴しながら補填(ほてん)し合っているという面はあるのでしょう。ひとつだけ言えるのは、中田や山白がこの世界に登場してから、乙一がなぜかちょっと元気になったということです(笑)

――な、なるほど……。アンソロジーのラストを飾るのは謎の覆面作家・越前魔太郎の「エヴァ・マリー・クロス」。この人選には少し驚きました。越前氏に関しては、いまだ誰もその正体を見たことがないと言われ、安達さんもメールでしかやりとりをしたことがないそうですね。

安達:「幻夢コレクション」と銘打つからには、彼のデモーニッシュな作品は欠かせません。今作では『魔界探偵 冥王星О』シリーズにも登場した、人体楽器という奇怪なアイテムをモチーフにしています。そういえば乙一が「現実に存在しないものを描写するなんて僕には怖くてできない」と驚嘆していましたが、私も同感ですよ。それこそ巷(ちまた)でささやかれているように、魔界の住人だからこそできる芸当かもしれませんねえ……。

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 けっきょく今回のインタビューでは煙に巻かれてしまったが、『ダ・ヴィンチ』5月号では乙一氏の「作家生活20周年」を記念し、なんと、乙一氏×中田永一氏×山白朝子氏の鼎談(ていだん)が実現している。真相を確かめたい方はぜひそちらも参照してみてほしい。

(取材・文/倉本さおり)