2月末に発売されて以来、各所で大旋風を巻き起こしている異色のアンソロジー『メアリー・スーを殺して』(朝日新聞出版)。ジャンルの枠組みにとらわれず、幅広い層から高い評価を受けている乙一をはじめ、甘酸っぱい青春エンタメの第一人者・中田永一に、美しく物哀しい奇譚の名手・山白朝子、そして経歴不詳の覆面作家・越前魔太郎と、個性あふれる実力派作家たちの作品が収められている。
だが、この作品集が“異色”と呼ばれる最大の理由は、ここに名を連ねた作家がすべて“乙一と同一人物では?”とささやかれているからだ。はたして真相はどこにあるのか――その謎を解くべく、作品解説を担当している映画脚本家の安達寛高氏に取材を申し込んだところ、渋々ながらもインタビューを受けることを了承。花粉症のせいか、当日は顔を覆うほど大きなマスクをして現れた安達氏だったが、収録作と執筆者それぞれの印象について尋ねると、ついにその重たい口をひらきはじめた。
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――今回のアンソロジーのトップバッターを務めているのは、安達さんと共に編さんに携わった乙一さんの「愛すべき猿の日記」です。父親の形見として譲り受けたインク瓶から、わらしべ長者のように人生が変化していく様子を描いた、不思議な読み味の短編ですよね。続く中編「山羊座の友人」が、高校生の陰惨ないじめに端を発するミステリという、従来どおりの作風であるのに対し、良い意味で期待を裏切られたような気がしました。
安達:乙一という作家は、基本的に映画のシナリオ理論に沿って小説の構成を考えているそうなんです。私の中では、そうやって安定飛行を続けてきた作家、というイメージだったのですが、この「愛すべき猿の日記」は、ちょっと異なる書き方をしているのが面白い。聞けば、編集者から“もっと自由に、好き勝手に書いてほしい”“意図的に作り込んだ話よりも作家の剥きだしの文章のほうが読みたくなる”と言われたらしくて。読者の目といったものをいつも気にしながら書いていた彼は、その意見に背中を押された結果、脳内がダダ漏れになったような文章になってしまったと照れくさそうに話していました。本人は恥ずかしくて読み返したくないそうですよ。