「子どもがかわいそうだと思わないのか」
「いつまで仕事をやるつもりだ、いいかげんにしろよ」
私に「仕事を辞める」という気持ちはまったくありません。私の夢は「演劇の世界のメイクアップ」をする人間になること。だからその技術は誰よりも磨いていきたいし、化粧品会社という組織に所属していたほうが自分の望む世界に早く近づけるだろう。その想いが強かったので、出産を機に辞めるなどとは考えたこともなかったのです。
私たち夫婦はその頃あまりにも、会話がない状態でした。当時、夫はプラスティック容器をつくる会社を始めたばかり。従業員の青年たちもいるので、私は会社から戻って、皆の夜食をつくるので精一杯。
夫と話をする余裕などまったくありませんから、私たち夫婦はお互いの仕事のことなど何ひとつわかっていません。会社を始めたばかりの夫の中には不安も不満も渦巻いていたでしょうに、私には夫のことを気遣うやさしさが欠けていました。あるとき夫が言い放った言葉にも腹を立てていました。
「俺よりも稼ぎが少ないくせに」
こういう言葉は、たぶん多くの女性が傷つく言葉です。私も傷つきましたし、言い返しもしました。
「それが何? お給料が少ないからといって、そんなことであなたに馬鹿にされる覚えはありません」
でも、いまから思えば本当は夫は、私が家に入って夫の仕事をサポートしてくれることを望んでいたのでしょう。
そんなお互いの気持ちを話し合う時間も持たないうちに、夫は私を空港に送るために事故に巻き込まれ、血だらけで手術室に運ばれていく。私はそのとき極度の緊張状態にありましたが、やはりこれは「多くの無理」がはじけた結果。もちろん、事故自体は、こちらが完全に被害者であって因果関係があるわけではないものの、そんなふうに思えてきたのです。
でも会社員としては、こんなことも思いました。事故のことを聞いて、多くのひとたちが私のフォローにまわってくれる。そして多くのひとたちが私に声をかけ、落ち込まないように励ましてくれる。振り返れば、自分のことだけを考えて突っ走ってきた私なのに、なんてありがたい。