ある日、そんな自分がおかしいのではと気が付いて実家に電話したら、気持ちがあふれてしゃべることができませんでした。そのことで、「ああ、自分には話すことが足りていないんだ」と気づいたそうです。日本でやっていたパートの仕事は経理で、黙って黙々とやるので、職場で会話をしているという意識はなかったそうですが、それでも積み重ねれば1日30分程度は業務指示や報告、問い合わせで人と話をしていました。たったそれだけのことですが、全く無くなってしまうとこんなにもインパクトがあるとは思っていなかったとのことです。

 当時はまだ、Skypeなどのインターネットを使った通話ツールが一般的ではなかったので、1日10分と決めていた実家や友達への国際電話が命綱だったそうです。

 カウンセリングでもよくトピックになるのですが、なんとなく習慣的にくっついていることを別々に考えると、問題を解決するカギになることが少なくありません。現在、物理的にはソーシャルディスタンシングが求められることは致し方ないことですが、それにくっついている会話量を減らさないためにどうするかという工夫が大切です。

 同居人がいなかったり、何かの事情で話をしにくかったり、自分が望むほど話せないなら、ZoomでもLINEでも、もちろん普通の電話でもいいので、誰かと話しましょう。

 さらに私が提案したいのは、家で歌うことです。「サザエさん」の磯野波平さんみたいに風呂に入りながら歌うのもいいし、家事をしながら鼻歌でもいいです。歌番組やYouTubeを見ながら一緒に歌うのでもいいです。

 こんな時だから明るい歌を歌った方がいいとか、そんなルールは不要です。暗い気分なら暗い気分の歌でOKです。怒りたいなら怒りの歌、泣きたい気分なら泣ける歌、なんでもOKです。イタリア人みたいに、ベランダに出て大声で歌う必要もありません(もちろん、やってもいいですが)。家族で歌合戦をするのもいいですし、逆にこっそり家族に聞こえないように囁くように歌うのでもOKです。

 歌うのが、ちょっと……という人は、せめて声を出しましょう。

 同居の人がいるなら、できるだけ会話を増やし、喧嘩になりそうになったら「あなたはそう思うのね」でしのぎます(ストレスが高いときですから、喧嘩になりやすいです)。外出自粛は仕方ないとして、外出の自粛前と同程度の会話量を心がけてほしいと思います。(文/西澤寿樹)

※事例は事実をもとに再構成しています

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西澤寿樹

西澤寿樹

西澤寿樹(にしざわ・としき)/1964年、長野県生まれ。臨床心理士、カウンセラー。女性と夫婦のためのカウンセリングルーム「@はあと・くりにっく」(東京・渋谷)で多くのカップルから相談を受ける。経営者、医療関係者、アーティスト等のクライアントを多く抱える。 慶應義塾大学経営管理研究科修士課程修了、青山学院大学大学院文学研究科心理学専攻博士後期課程単位取得退学。戦略コンサルティング会社、証券会社勤務を経て現職

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