「どうするの、あの巣」「さてな……。せっかく機嫌よう暮らしてるんやから、放っとくか」
仕事部屋にあがってパソコンを立ち上げた。グーグルで“スズメバチ”を検索する。その画像によると、生垣の巣は確かにコガタスズメバチのものだった。
──四~五月、女王蜂が一匹で巣作りをはじめる。六月、働き蜂が育ちはじめる。七~九月、活発に狩りをする。十~十一月、次世代の女王蜂が巣を出て越冬準備をはじめるが、元の女王蜂は越冬せずに死ぬ。そのあと、巣は空っぽになり、再利用されることはない。
──働き蜂はクモや昆虫を狩り、肉だんごにして巣に持ち帰る。肉だんごを噛みくだいて幼虫に与え、幼虫は唾液(だえき)腺から糖分やたんぱく質を含んだ栄養液を分泌して、それを成虫が摂取する。成虫が肉だんごを食わないのは、胸と腹のあいだがくびれていて、液状のものしか飲み込めないからだといい、これを成虫と幼虫の栄養交換という。
なるほどな、とわたしは思った。コガタスズメバチは懸命に生きている。働き蜂の寿命はたった一カ月前後だ。オオスズメバチのように凶暴で攻撃性があったら困るが、わたしもよめはんも被害は受けていない。このまま冬まで待ち、巣が空っぽになったら撤去しようと決めた。
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する
※週刊朝日 2020年11月6日号