■「三権分立」のバランス
越智教授によれば、ここで使われている「徳」とは、人徳のようなものではなく、将来を見通す能力と、見通したうえで的確な判断をする能力のことだという。ただ、良識を求められないからといって、能力があれば権力者が何をしても構わないわけではなく、別の手段で権力をどう制御するかが大切になってくる。「三権分立」のように、権力を集中させないことだ。
それにしても、塩田氏が指摘するように、なぜ安倍政権と菅政権の下で公正らしさが失われ、家族の問題が噴出したのだろうか。越智教授は、権力を分散させる近代国家の仕組みが現在、日本でうまく機能していないとみている。
「行政府と立法府を分けて、立法府の最大グループが行政府を兼務し、立法府に対して責任を負うのが責任内閣制です。ところが、安倍政権以降、まともな説明をしない責任内閣制に変質しました。こうして権力を抑制するための責任内閣制の『責任』の部分が機能しなくなった一方で、忖度の政治を作り上げることには成功しました。立法府で与党が圧倒的に多くの議席を占めていると、行政府も含めて権力は暴走するということです」
その結果、象徴的に起きた現象が、今回の菅親子の問題や、安倍政権時代の数々の疑惑なのだろう。
越智教授はこう続ける。
「ただの腐敗で済めばまだマシです。権力の暴走は、人が死に、国が滅びます。新型コロナウイルスの問題一つとってみても、理解してもらえると思います」
暴走を止めるのか、止めないのか。それは主権者の判断だ。(編集部・小田健司)
※AERA 2021年3月8日号