大佛次郎論壇賞を取ったとき、東畑は選者の一人に、<デイケアの人々が醸しだす空気の中に、人間がただ“居る”ことの意義を考察し、デイケアと関係がない人々にもその意味を考えさせる。“居る”ことと“心”との関係性を社会の中で考え確認していく希有な著作だ>というように評されたという。東畑はこう付け加える。

「自立が当たり前といわれている社会で、本当は人は依存しながら生きている。言葉でいうと簡単だけど、依存とは気持ちいいものではなくて、きたないこともあるし、つらいこともある。だけど、とても人間関係において大事なことでもある。その大事で、つらい“依存”の価値を見つける本です」

 東京で生まれ育ったが、中学からは神奈川県鎌倉市にある栄光学園というイエズス会(カトリックの修道会)が母体となった中高一貫(男子校)の進学校に進んだ。エリートコースを歩ませたのは、大学で土木工学を教えていた父親、大学で美学を専攻していた母親の希望もあった。文化資本に恵まれていた家庭だった。

 進学した栄光学園は、第1志望校ではなかった。第1志望校の受験に失敗し、落胆の最中にあるとき、オウム真理教による同時テロ事件が発生した。小学校6年生も終わりに近づいていた。

「超絶勉強してきたのに中学受験に落ちたから、大真面目にハルマゲドンに負けたみたいな気持ちでいたんです。栄光学園には救済された気分でいたけれど、その後もぼくの人生が続いていくことが全く想像できずに、春休みの間、オウム事件のニュースを見ては、オウム用語なんかを口にするようになって、おかしくなっていたんですね」

 奇しくもオウムの一連の犯罪が人間の「心」に興味を持っていくフックになったかもしれない。そして、決定打は、ある授業中に起きた。

「高校2年の倫理の授業で、修道士のブラザー(先生)がユングやフロイトの話をしたんです。すごく勢いがある授業だった。あとから知ったのですが、彼はこの後、修道院を逃げ出して愛する女性と一緒になったんです。好きになってしまった相手と信仰を天秤にかけなければならなかった彼は、『自分の中に自分が思っている以外の自分がいる』みたいなことを、痛感していたと思うんです」

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