中高時代を過ごした栄光学園の聖堂で。「宗教」の存在が東畑の思考の端緒を与えた(撮影/岸本絢)
中高時代を過ごした栄光学園の聖堂で。「宗教」の存在が東畑の思考の端緒を与えた(撮影/岸本絢)
この記事の写真をすべて見る
十文字学園女子大学での授業。授業や講演、シンポジウムの類いはできるだけ対面が望ましいと思っている。リモートだと単に「情報」の交換だけになってしまいがちだと感じるからだ(撮影/岸本絢)
十文字学園女子大学での授業。授業や講演、シンポジウムの類いはできるだけ対面が望ましいと思っている。リモートだと単に「情報」の交換だけになってしまいがちだと感じるからだ(撮影/岸本絢)

 自分の居場所を見つけるのは容易いことではない。努力だけではかなわないことも多々ある。東畑開人もまた、そうだった。大学院修了後、沖縄の精神科デイケアで働くが、思い描く臨床心理士の仕事ではない。ただ、その場所に「居る」ことが仕事だった。そんな日々に迷い、倦み、4年半後にやめた。やめてから、ただ「居る」ことがどれだけ心のケアになっているか、気づいた。

【この記事の写真をもっと見る】

*  *  *

 初めて東畑開人(とうはたかいと)(38)に沖縄県那覇市で会ったとき、刊行されたばかりの東畑の書籍『居るのはつらいよ─ケアとセラピーについての覚書』を差し出すと、「書くのはつらいよ」と、サインにひとこと添えてくれた。書くのはつらい、という割には、『美と深層心理学』『日本のありふれた心理療法』という心理学の専門書、沖縄のユタ等による民間療法を取材した『野の医者は笑う』というノンフィクションもすでに上梓しており、旺盛な執筆量を誇っていた。海外の専門書の監訳書もある。1983年生まれの若き臨床心理学者は、ソフトでライトな印象を与える風貌ながら、仕事へのエネルギーが横溢していた。

 じつは、『居るのはつらいよ』は、他者の心を癒やす専門家たる東畑の「心」を削った記録でもある。舞台は沖縄県の片田舎の精神科デイケア施設。ここで東畑は4年半働くのだが、このままここで働くことに慣れてしまっていいのかと悩む。その自問自答や葛藤をときにコミカルに、易しい言葉で綴ったものだが、2020年、第19回大佛次郎論壇賞、紀伊國屋じんぶん大賞を受賞した。

 担当編集者の医学書院の白石正明(63)はおもしろいことを言った。

「すでに『野の医者は笑う』が話題になっていて、すごい筆力の方だなと思っていましたが、なんとなく気にいらなかったんです。沖縄で、いろいろな呪術治療者に会ったり、疑っても、けっきょく心理学の専門知識で、一見怪しく見える治療現象を分析処理されたような感じがありました。デイケアは雰囲気もいいし、治療的にも効果的だけど、書いて面白いものじゃないんですよね。だけど東畑さんなら、デイケアで経験したベタな感情を、メタ的知性と、細部にこだわる筆力で書けるんじゃないかなと思ったんです」

次のページ