一緒に通院した道を歩けば涙があふれてきたという。でも、悲しいのは伊藤さんだけではなかった。
病院から夏彦君を連れ帰った日、遺体の箱に寄ってきた彦星君は中をのぞくと、箱から離れて暗い洗面所にうずくまり、しばらく部屋に戻らなかった。
「すぐに相棒の死にハッと気づいたんでしょうね。私もひどく落ち込み、夜中に何度も目を覚ます眠れない日々が続きました」
犬猫などの葬儀を手がける霊園に連絡をとり詳細を確認。愛犬の葬儀の経験者である友人が車を出して現地へ同行してくれた。コロナ禍にもかかわらず、寄り添ってくれたことが本当にありがたかったという。
伊藤さんは愛猫を亡くした直後は酒量が増えてしまい、休日は昼間からワインを飲んで鬱々と過ごしたこともあったという。しかし、「あなたと暮らせて幸せだったと思う」「できることはすべてやったよ」「今いる猫のためにも身体に気をつけて」といった友人たちの温かい言葉になぐさめられた。
彼女に寄り添う彦星君の存在と癒しの力も大きく、少しずつ心が前向きに戻っていった。
「猫エイズがテーマのマンガを読み、『わかる!』と共感するうちに、つらさを吐き出せたように感じて少しラクになったことも。同時期に飼い猫を急な病で亡くした知人と気持ちをシェアしあえたことでもかなり救われました。また、ペットロス経験した友人の『今も後悔や自問自答するけれど、これはしょうがないこと』という言葉に、この思いを抱えながら自分を許したり認めたり、自己肯定していくしかないんだと思い至りました」
数カ月後、愛猫たちを世話してくれた同じ知人から連絡があり、1歳半のオスの保護猫を急きょ預かることになった。初対面から彦星君との相性が良好で、「これも縁」と迎えることを決めた。
現在11歳の彦星君は加齢で体力が衰え気味だったが、若い新入り猫と遊ぶうちに食欲が回復。久しく上がれなくなっていた高所へもポンとジャンプするようになり、伊藤さんを驚かせた。実は彦星君は2年前に悪性黒色メラノーマが見つかり、右目を摘出する手術を余儀なくされた。幸い一命はとりとめたが現在は進行性の肥大型心筋症を患っており、経過観察中だ。