特定妊婦は年々増加している。2019年には8千人を超えた。他方、年間出生数は減少の一途だ(photo 鈴木愛子)
特定妊婦は年々増加している。2019年には8千人を超えた。他方、年間出生数は減少の一途だ(photo 鈴木愛子)

 白井千晶静岡大学教授は、早い段階でこの女性への精神科的なケアが必要だったと指摘する。

「虐待体験をはじめとする児童期の逆境体験は、成長期の脳のさまざまな領域に影響することがわかっています。逆境的体験のある母親の支援では精神科の受診やメンタル状態の回復のためのカウンセリングは、なによりも急がれます」

 防波堤となるような養育支援の手段はなかったのだろうか。

「最大7日まで子どもを預けられるショートステイ事業があるはずです。ただ、利用条件は自治体ごとに異なります」(白井氏)

 当該の自治体には1歳未満の赤ちゃんを宿泊で預かるサービスはない。母親の精神的な疲労などにより赤ちゃんだけを預ける必要がある場合、子ども支援課と保健師が訪問して相談することになる。女性の場合もこの手続きに沿っている。

 一時保護が長期化したことについて、川崎氏は「児相による一時保護は原則として2カ月を超えてはならないと児童福祉法で定められている」と説明する。

「保護者の意に反して2カ月を超える一時保護を行うためには、2カ月ごとに家庭裁判所の承認が必要です。その場合でも、保護が4カ月を超えることは少数です。本件で、保護者である女性が『子どもを返してほしい』と希望していたのに一時保護が長期化したのであれば、その理由がよくわかりませんでした」

 19年1月に千葉県野田市で起きた栗原心愛さん(当時10)の虐待死亡事件は児相が一時保護を解除した1年後に発生した。その後、千葉県は一時保護解除の判断の基準を厳しくしている。

 しかし本件の母親は虐待をしていない。孤立した子育てで追い詰められ、虐待の連鎖を未然に防ぐために一時保護に託した。長期化した理由について、千葉県中央児相を管轄する千葉県児童家庭課は、「あくまで一般論としてしか答えられないが」という前提で次のように答えた。

「身体的危害だけでなく、言葉の暴力、ネグレクトなど虐待の範囲は広い。保護者の背景にある懸念要因も複雑なことが多い。子どもを返したあとの様々なリスクを検討し、子どもの安心・安全な生活を最重要視している」

 そして、一般論として、一時保護された子どもが家庭に戻るためには親以外の第三者(公的機関を含む)が養育に関わることなど、環境的条件が整うことが必要であるとの見解を示した。

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