■特に好きなのは魚の目
購入した魚を自宅まで持ち帰るまでがひと苦労。
「みなさんが想像する以上の量を買ってくると思います。もう、持てないくらい。私は車の運転ができないから、持って帰るだけでかなり疲れる」
しかし休む間もなく、台所に立ち、魚をさばき、テーブルの上にオブジェをつくり上げていく。
作業は時間との勝負だ。時間をかければオブジェの作り込みは増す一方、魚の鮮度は落ちてしまう。
今さんがこだわるのは魚の目。
「私は特に魚の目が好きなんです。その目が、鮮度にいちばん左右されると思う。だから、オブジェをつくっているときだけは、もうひたすら、人が変わったようにがんばる。特に冬なんかは、日が暮れるのが早いですから、ものすごく急ぎます」
照明の道具は、太陽の光を反射してオブジェに当てる「レフ板」くらいしか使わない。
「ものをいちばんきれいに見せる光は、自然光だと思いますから。そんなわけで、時間に追われて、相当ヤバい感じで撮ったのものもある。傾きつつある光に向けてオブジェを動かし、整えながら、シャッターを切る。もう、まわりなんか、構っていられないから、さんさんたる状態。後の掃除が大変で(笑)」
■築地では変な人?
今回、大きな作品を間近で見て、改めて実感したのは、今さんの包丁さばきの巧みさだ。魚の表面は傷つきやすいので、これほどきれいに皮を剥ぐのはかなり難しい。時間をかければ、指先から熱が伝わり、あっという間に鮮度が落ちてしまう。
「身は傷ついても、皮は破れないように(笑)。生きて動いているタコとかも、なんとかやっちゃいました。けっこう、残酷ですね。でも、吸盤とか、透明感があって、きれいでした」
東京・築地市場の近くに部屋を借りて作品づくりに打ち込んだこともある。
「特に30代のときが多かったかな。男性の仲買人しかいないようなところに混じって、突き飛ばされながら魚を買っていました。『マグロの頭をください』とか。そういう、なかなか手に入らないようなものを撮っていたんですけれど、変な人だと思われたでしょうね(笑)。でも、この撮影の後、どうしようかと思いましたよ。生ごみとして捨てるにしてもすごく大きい(笑)」
昔はあまり好きではなかった魚だが、「いまでは好きですね。食べるのも」。
そこで、「何が好きですか?」とたずねると、「スルメイカの目、ウルメイワシの目とか」。
そして一瞬、間をおいて、「あっ、食べるほう?(笑)。いつも好きなのはシャケです」。
(アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】今道子写真展「フィリア」展
神奈川県立近代美術館 鎌倉別館 11月23日~2022年1月30日