国立競技場の「出陣学徒壮行の地」の碑の横に移植され、枯死した樹木。石川教授が今年3月に確認したときは、まだ木は生きていた(撮影/小山幸佑)
国立競技場の「出陣学徒壮行の地」の碑の横に移植され、枯死した樹木。石川教授が今年3月に確認したときは、まだ木は生きていた(撮影/小山幸佑)

 そんな場所で再開発のゴーサインを出すには、よほどの理由が必要だったはずだ。長年、再開発計画をウォッチし、住民を支援してきた建築士の大橋智子さんは言う。

「再開発のために、五輪を招致したとしか思えない」

■森元首相と副知事

 こんな記録も残っている。12年5月15日の日付が入った、「神宮外苑の再整備について」という都の資料だ。当時の東京都の佐藤広副知事と技監は、衆院第二議員会館を訪れた。訪ねた先は、当時、五輪招致の中心人物だった森喜朗元首相(当時衆院議員現職)だ。やり取りが開示されている。

 佐藤副知事「神宮外苑の再整備について、東京都として考えているイメージをご説明にあがった」

 技監が「神宮球場とラグビー場の敷地の入れ替えの利点(明治神宮所有地の商業的な利用増進、両競技の中断を回避、ラグビー場の芝の養生)」などと説明すると、森元首相はこう返答。

「佐藤さん、すばらしい案じゃないか。長生きしないと」

「不吉なことを言うようで悪いけど、もしこっち(五輪招致)が×になったらどうする?」

 佐藤副知事らが「神宮外苑全体の再整備は進める」と答えると、森元首相は「すばらしいよ。あと15年は長生きしないと」と応じた。

 この資料を追及する共産党の原田暁都議は言う。

「今から10年も前に森氏に説明しに行っていたことがわかりました。なぜ、都政に関係ない森元首相に説明をして、都民には知らせなかったのでしょうか」

 このときに森元首相に示した再開発のイメージ図も開示されている。野球場、ラグビー場の場所の入れ替えはあるが、高層ビルの表示はなく、まだスポーツクラスター然としていた。

「この後、計画は大きく変わりました。14年7月に、初めて超高層ビルの原型が図に加わりました。その時はすでに事業者が再開発に加わっていました。開発事業者がもっと儲かるように、計画を骨抜きにしていったのです」(原田都議)

 スポーツの一大施設としての雰囲気は、こうして薄れていった。それはデータでも明らかだ。新建築家技術者集団の建築士、若山徹さんは言う。

「現在の計画案にある延べ床面積から試算すると、主要スポーツ施設は30%程度だとわかりました。それ以外はオフィスや商業施設がほとんどです」

 イチョウ並木と球場の距離も、計画図に高層ビルが盛り込まれると、明らかに近くなった。

AERA 2022年10月3日号より
AERA 2022年10月3日号より

■超高層は時代に逆行

 そして、この「再開発」自体について、都市計画に詳しい明治大学の大方潤一郎特任教授は、「もはや超高層ビルは時代に合っていない」と指摘する。

「日本ではいまだに容積率が過剰に高いビルを造る開発が盛んですが、人口減少があり、さらにコロナ禍でテレワークが進み、オフィスのニーズも減ってきている。大規模な施設を造っても、将来にわたって使われるとは考えづらい」

 世界のトレンドはむしろ容積率が適度に低い建物だという。

「米国では高いビルを造らず、容積率が適度に低いビルと公園を一体となって造る計画が増えています。オフィスでの働き方、福祉に配慮した開発が好まれるようになりました。100年にわたって築きあげられた神宮外苑を壊すのは、時代と逆行しています」

(編集部・井上有紀子)

AERA 2022年10月3日号

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