悲嘆の中には治療が必要なケースもある。「持続性複雑死別障害」で、病的な悲嘆が12カ月以上続き、日常生活に支障をきたすことが診断基準になる。2013年に改訂された米国精神医学会の診断マニュアルで定義されたばかりの精神疾患だ。駒ケ嶺さんが説明する。
「精神的な障害のみならず、高血圧や心筋梗塞を起こすリスクが上がる懸念も付記されています」
食事が喉を通らない、声が出ないなどの症状で脳の病気を心配して来院する患者の中にも、検査で異常はなく、よくよく聞いてみると、家族を亡くしてから、そうした症状を呈していると判明する人もいる。
「皆さん、亡くなったご家族がいまもいるような気がする、と話されます。話の信憑性を疑われてしまうので、秘匿して個人の中に閉じ込めてしまいがちです。皆で思い出も悲しみも共有し、一人で抱え込まないことで苦しみを緩和できるでしょう。科学的に実証された話だけを信じるという“良識的判断”が足枷(あしかせ)となって、そうした心象を社会で共有することが阻まれていると感じます」
駒ケ嶺さんは「『悲嘆幻覚』が起きる仕組みは解明がそれほど進んでおらず、その本質が幻覚であるのかどうかもわかっていません」と言う。
「白黒つかないことを考える必要性に迫られた人の受け皿に、医療も宗教もなり得ていません。ですから、カルトが入り込む余地ができてしまうのです」(駒ケ嶺さん)
■震災後の幽霊話 鎮魂の念から?
11年の東日本大震災後の被災地でも多くの「幽霊遭遇譚」が語られる。関西学院大学社会学部教授の金菱清さんは、東日本大震災発生当時、東北学院大学の准教授(後に教授)を務めていた。
ゼミの学生とともにまとめた『呼び覚まされる霊性の震災学』(新曜社)を16年に刊行。幽霊の目撃談など、「死者」に対して震災の当事者たちが向き合わなければならなかった現実についてリポートしている。金菱さんは「霊性の震災学」と名付けたプロジェクトを立ち上げた理由をこう語る。