ふぶきを家に連れて帰ってきて寝かせたのですが、さくらは、大好きな兄弟がそこに寝ていることに気づかず、匂いも嗅ぎにきませんでした。私も夫も、ふぶきを家に置いておくのがつらく、病院で紹介してもらった霊園に、その日のうちに預けました。箱でこしらえた棺に、大好きなおもちゃを入れて……。

 推定6歳半。早すぎるお別れがつらく、夫婦で泣きました。私は2日ほど、仕事を休みました。

◆ 人間も動物も運命には抗えない

 ふぶきは亡くなった日に病院で血液検査をしていて、後から結果を聞きました。白血球が高かったので、急性の感染症だった可能性もあるということでした。でも結局、死因はわからずじまい……。

ふぶきの遺影をのぞくさくら。「兄ちゃん、僕は元気でやってるよ」(提供)

 生き物なので、私たちより先に亡くなるのは頭ではわかっていたけど、目の前で起きたことはあまりに急で覚悟なんてできていなかった。もしかしたら、摘便時に何かあったのではないか、麻酔をかける前に検査をすれば別の結果になっていたのではないか……原因のわからないふぶきの死に、悩み、葛藤しました。

 とはいえ、その病院を選んだのは私たちです。いちばんわけがわからなかったのは、ふぶき自身でしょう。あっという間にお空にいって。

 人間でも事故でふいに亡くなることもあるし、いつでも死ぬ機会は隣にあるんですよね。車に急に轢かれたり、思いがけない病で倒れたり……。人間であっても動物であっても、「運命」にはあらがえない。

 そのうち、私はこう自分に言い聞かせるようになったのです。

「短い期間でも、私たちはふぶきを毎日、徹底的に愛していたじゃないの」と。

 そうです、ふぶきと出会い、愛したことには悔いがないんです。ふぶきだって、私たちに愛されていると感じていたんじゃないか。それは幸せなことなんだという思いにたどり着きました。

 ……そう思うことで、ふぶきの旅立ちを、受け入れることができたのかもしれません。

 ふぶきの死後、さくらの心身にも少し変化がありました。

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