そして羽生は言う。

「9歳の頃の『何をやっても勝てる』みたいな自信が、勝つことに関しては一番必要だと思います。でも4回転アクセルに対しては、そうではない。無邪気にがむしゃらにやって跳べるジャンプじゃないというのを、この4年間ずっと壁にぶち当たりながら考えてきました。どれだけ緻密(ちみつ)に計算し、戦略を立て、4回転半という成功をつかみ取れるかが大事だと思っています」

 9歳の無邪気な自信。19歳の勝利への意欲。23歳での勝ちにいく戦略。その先に、27歳の羽生がいる。何より面白いのは、23歳の時よりベテランの守りに入るのではなく、むしろ挑戦者に戻ったことだ。

 一方、金メダルの有力候補であるネイサン・チェン(米国、22)も、4年のドラマを背負ってこの五輪を迎えた。

 18歳で迎えた平昌五輪でも優勝候補だった。しかしショートで三つのジャンプをミスし、17位発進。フリーは4回転6本を入れる超人的なプログラムで首位に立ったが、総合5位に終わった。その後はイエール大学に入り、メンタルトレーナーをつけて勝負強さを積み重ねた。国際大会は全勝。欠けた部分が何一つない3年間を送ってきた。

■重圧は計り知れない

 しかし羽生のコーチであるブライアン・オーサー(60)は、かねてから「五輪だけは戦い方が違う」と話してきた。

 オーサーは、1987年世界王者として88年カルガリー五輪を迎え、優勝の期待を一身に背負い、銀メダルだった。

「タイトルを背負って五輪に挑む重圧は計り知れないものがあります。五輪の魔物は守りに入った時に現れます。いかに挑戦者としてアグレッシブな気持ちを持てるかが運命を左右します」

 その言葉を借りれば、チェンは今季、まさに重圧とともにスタートした。昨年10月、初戦のスケートアメリカのショートでジャンプミスを連発すると、総合3位に。国際大会の連勝記録が止まった。「僕も人間ですから」とチェン。次戦のスケートカナダでは、フリーで4回転4本に抑えて優勝。ここからプログラムを変更し、立て直しを図った。

 今年1月の全米選手権では、ショートで「4回転ルッツ+3回転トーループ」を演技後半に成功させるなど、攻めの構成で首位に。フリーは5本の4回転を組み込むと、1本転倒したが、総合328.01点(国内参考)の高得点をマークした。

 チェンの強みは、基礎点が「11.0点」の4回転フリップと「11.5点」の4回転ルッツを、ショートとフリーで計5本組み込めること。4回転アクセルは「12.5点」で、難度の割に得点差がない。もし羽生が4回転アクセルを成功しても、チェンの方が基礎点の合計が高く、独走できる戦略だ。「2度の五輪王者である結弦に敬意を持って挑んでいきたいです」という。(ライター・野口美恵)

AERA 2022年2月7日号より抜粋

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