トシドン(鹿児島県・下甑島<しもこしき>島)撮影:石川直樹

■見せ物ではない祭り

 しかし、なぜ、石川さんは数ある来訪神行事のなかで、有名なナマハゲなどではなく、ボゼを最初に見たいと思ったのか?

「それこそ、ナマハゲは誰もが知っているから、興味がなかったんですよ。最初は見せ物的なパフォーマンスかな、と思っていた。でも、ナマハゲも深く知るようになると、実はそうじゃない。結構、恐ろしい部分もいっぱいある行事なんです。でも、とにかく、最初はボゼでしたね」

 しかし、ボゼと出合うのはなかなか大変だ。悪石島へのアクセスは、鹿児島からフェリーで6時間以上。しかも、海が荒れると、船は欠航してしまう。

「いちばん最初に悪石島を訪れたとき、近くに台風が来ていて、例年だと観光客を乗せてくる『ボゼ便』が出なかったんです。ぼくはその結構前に来たから島に上陸できた。外部の人間は、研究者が少しいただけだった。そこで島民が、見せ物じゃない、自分たちの祭りをやっていた」

 夏の日差しが照りつける小さな広場。そこに20人ほどの島民が集まると、盆踊りが始まった。

「都会の盆踊りって、形骸化していて、テープで音楽を流して、再生が終わったら、踊りも終わり、って感じじゃないですか。でも、ボゼの盆踊りは数時間、ずっと同じ身ぶりで回り続けるんです。それで、あの世への扉みたいなのが開く感じがあるのでしょう。そこへボゼがやってくる」

■祭りの一部始終を撮る

 ボゼが姿を現したときの様子を石川さんは写真集『まれびと』(小学館)に、こう書いている。

<その瞬間、風景の位相が変化した。あたりは緊張感で満たされ、これから何が起こるかわからない、あるいは何が起こっても不思議ではないような空気に満たされた>

 ボゼは手にしたマラ棒で近くにいる人を次々に突っついていく。特に女性や子どもが突かれる。男性器を模した棒の先端には赤土が着いていて、それが体に着くと悪霊が退散し、女性は子宝に恵まれるという。

 石川さんはボゼを追い、レンズを向けた。写し出されたビロウの葉におおわれたボゼの大きな背中。その横から飛び出した子どもの顔には恐怖の表情がにじみ出ている。

「祭り写真」といえば、祭りのハイライトを写した写真をよく目にするが、石川さんの撮り方はそれとはかなり異なる。

「ボゼのときからそうなんですが、いちばん目立つクライマックスの仮面が出てくるところだけじゃなくて、祭りの一部始終をずっと撮り続けるんです。祭りの準備をする風景から始まって、人間が仮面をかぶって神様に変わり、盆踊りに出てきて、去っていく。仮面が捨てられた『仮面の墓場』も撮っています。そのプロセス、すべてを撮ることが、ぼくにとっては大切なことなんです」

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