藤井よしといっても、差はわずかだ。一手でも緩い手を指せば、すぐに逆転につながる。しかし藤井は逆転を許さなかった。攻防ともにほぼ完璧に乗り切り、114手で第4局を制した。
本シリーズは「頂上決戦」と呼ばれた。席次1位と2位の対戦。そして将棋史上初となる四冠vs.三冠の構図。キャッチフレーズに違和感を覚えた者はほとんどいなかっただろう。
藤井の4連勝ストレートという結果については驚異的にも感じられる。2008年に竜王戦で羽生善治名人(当時)を相手に史上初の3連敗4連勝を演じてみせた渡辺ならばなおさらだ。
■七番勝負は16勝1敗
また一方で、十分に予想しえたと見る向きもあるだろう。藤井は今年度、棋聖戦五番勝負で渡辺、竜王戦七番勝負で豊島将之九段(前竜王、31)を相手にいずれもストレート勝ちだった。七番勝負の通算成績はこれで16勝1敗。王位戦で豊島に1局敗れた以外は、すべて勝っている。持ち時間が長いほど、長考派の藤井は正確さを増していく。
本シリーズ、渡辺にとっても決してわるい内容ではなかった。特に第1局と第3局などは今後も名局として振り返られるはずだ。渡辺は名人・棋王の二冠に後退したとはいえ、藤井以外の相手には今後も容易に負けないだろう。藤井が全八冠制覇の途上にあるとすれば、その過程では必ず、渡辺はまた壁として現れてくる。
藤井が図抜けて強すぎるがゆえに、時代は「藤井1強時代」へと入ったようだ。藤井1人がなぜこれだけ奇跡的に傑出した実力の持ち主となりえたのか。それがわかれば藤井攻略の糸口もいくらか見いだせそうだ。しかし本質的なところはおそらく、わからないままだろう。
将棋界の歳時記では、王将戦第4局はバレンタインデー前後におこなわれる。恒例の勝者記念撮影。藤井は多くの赤い風船でできたハートマークの中で、少し目元をほころばせ、はにかんだ笑顔を見せた。そういえばメガネをしていない五冠は史上初だ。藤井は慣れない指ハートのジェスチャーをさせられている。それが少し縦長なので「V」の字に見えた。(ライター・松本博文)
※AERA 2022年2月28日号より抜粋