林:直木賞もらってからは、とんとん拍子だったんですよね。
渡辺:うん。林さんも直木賞もらって、一気に書いたでしょう?
林:はい、頑張りました。
渡辺:でも直木賞もらっただけじゃ作家は安定しないよね。その後の数年間は、出版社からの注文にすべて応じられるだけの埋蔵量みたいなのがあって、使い減りしない作家だと思われないといけない。あの時期がいちばん大事で、苦しいよね。
林:プレッシャーに負けて、うつになっちゃう作家もいるし。
渡辺:作家はいい意味で、“鈍感力”がないと続かないね。 * 何を言われても平気でいられる、へこたれない人だけ残ったね。林さんもいろいろ言われたと思うけど、生き残ってるのは、ステキな鈍感力があったんじゃないかな。
林:かもしれないです。
*
林:先生の恋愛小説って、どんなに恋に酔ってるときも、視線に冷えたところがあるじゃないですか。女の人の肌を通して内臓まで見てるみたいな。恋に酔っているようで、絶対に主人公は酔ってない。あれが読者を引きつけるんだと思う。
渡辺:今回はちょっと酔っちゃったけどね(笑)。
林:“愛ルケ”ですね。読者も朝から酔っちゃいましたよ(笑)。
渡辺:恋愛小説を書くとき、あまりにロジカルで明晰な目を持つのはよくないね。冷静さと、狂って燃え上がる気持ちとが交錯してないと。恋愛小説は論理的に書くと失敗する。 * どこかの教育委員会から何度も文句の電話が来たよ。中学の男子生徒が休み時間に日経新聞を回し読みして困るって(笑)。
林:それは素晴らしいじゃないですか。青少年は文字から入って興奮していくんですから。
渡辺:裏ビデオとかいっぱい見られる時代に、活字で興奮してくれるというのは、活字の可能性がまだあるということだものね。だから「どう思うのか」と聞いてくるのに、秘書に「とてもうれしいって返事しておいて」と言っといた(笑)。
(構成/本誌・直木詩帆)
※週刊朝日 2022年3月4日号
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