中日も03年に入団したアレックス・オチョアの「オチョア」が「おっちょこちょいみたいだ」という理由からファーストネームの「アレックス」で登録すると、翌04年に打率.294、21本塁打で、落合博満監督就任後、初のリーグ優勝に貢献した。
一方、ソフトバンクの前身球団・南海は、82年に入団したジーン・ドットソン(Dotson)を、ネイティブな発音が「ダットサン」に近いことから、日産自動車のブランド名にちなんで改名したが、打率.236、6本塁打に終わり、わずか1年で退団。86年にもデビッド・ホステトラーの姓が「ホステス」という“夜の世界”を連想させるという理由から、ファーストネームの「デビッド」で登録したが、1年目に25本塁打を記録も、2年目に成績を落として解雇された。同じ改名でも、球団によって当たり外れがあるようだ。
90年代から00年代にかけて近鉄、巨人、オリックスで活躍したタフィ・ローズもスペルは「Rhodes」。当時横浜にいたロバート・ローズを同姓つながりで引き合いに出されると、「オレのローズは、バラ(Rose)ではなく、(ギリシャの)ロードス島のローズだ」と口を尖らせていたという。
歴代助っ人の名前の話題だけでも、ひと晩語り明かせそうだ。(文・久保田龍雄)
●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2021」(野球文明叢書)。