2014年、棋士の中村太地さんが学生たちを相手にした将棋の特別講義。普及だけでなく教育との接点も大切にする
2014年、棋士の中村太地さんが学生たちを相手にした将棋の特別講義。普及だけでなく教育との接点も大切にする

 中村自身も、学校生活で得られた友達は貴重だった。

中村:やっぱり今でも大学時代の友達と連絡取ったり、食事に行ったりして。友達の会社での話とか聞くのは面白いです。「もし自分が違う世界で生きてたらどうなのかな」と投影をしてみたり。あとはいろんな悩みとかがあったとき、友達付き合いがあると、その解決方法の引き出しみたいなのが広がる。

 谷合が東大を目指した大きな理由は、同世代との交流だった。

谷合:東大で出会う人と交流を持ちたかったですね。同世代にどんな人がいるのかを知るのが一番の目的でした。あとは棋士になれなかったときの保険ももちろんありますけど、それだけではありません。自分がプロ棋士になったとしても、結構いろんなものに興味が出てしまうと思ったので、将棋ともう一本柱を持っておきたかった。そういう意味で大学に行って、別の分野の技術も伸ばしたいと思いました。

「悪い点」が浮き彫りに

 将棋界では昔から「才能か努力か」という論点がある。才能がなければ、努力しても虚しいのだろうか。

中村:才能で決まる部分は本当にわずかです。もちろん、みんなが藤井竜王みたいになれるかといったら、それはなれない。本当のトップの中のトップを決めるのは才能が必要なのかもしれないです。でもある程度のところまでは努力でいけるというのは、僕の持論です。

「礼に始まり礼に終わる」という将棋界。指導者は礼儀作法について、子どもに厳しく教えることもある。そうした伝統もあるが、それにしてもなぜ、羽生や藤井などのトップ棋士は、驚くほどにみな謙虚なのだろうか。

中村:やっぱり将棋のゲーム性っていうのもあると思うんですね。運の要素がからまなくて、対局して勝ったとしても、自分の悪い点というのがちゃんと浮き彫りになる。そこが謙虚さを失わないでいられる大きなことなのかなと思います。本当にトップの人ほど、人格者になると感じます。

(ライター・松本博文)

※AERA 2022年4月18日号より抜粋

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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