灘中学で行われた「乳幼児の子育て」についての授業風景(撮影・松岡瑛理)
灘中学で行われた「乳幼児の子育て」についての授業風景(撮影・松岡瑛理)

「とてもいい意見ですが、『手伝おう』という表現はやめていこう。例えば片田が『僕の妻はよく育児を手伝ってくれる』というと、変に聞こえませんか。そこには、根底に『女が育児を担うべき』『男は補助で良い』という固定観念があります」と語りかけた。

 京都大学の大学院で、男性の生きづらさを当事者の立場から研究する「男性学」を研究していた片田さん。どのようなきっかけでジェンダーや働き方のテーマに関心を持つようになったのかについては、

「どちらも、まずは自分自身のテーマでした」

 と、振り返る。

 日本人の父親と、在日朝鮮人2世の母親の元に生まれた。高校時代まで「片田朝日」という名前で生活していたが、「『日本人』の中にも様々なルーツの人間がいるとわかるようにしたい」という思いから、大学時代に母の旧姓を並べた名前を通称名として使い始めた。

 父親は、労働組合の職員で、長く薄給。母親も働き家計を中心となって支えた。

「父はたとえお金にならなくても、やり甲斐をもって働き、自由に人生を謳歌していた。その一方、周囲には社会的に成功した男性もいましたが、働きずくめのその人生は、決して楽しそうに見えませんでした。そんな大人たちの姿を見ながら、『働き方』が男性の生き方に与える影響は少なくないと思うようになりました」

 博士課程を修了し、非常勤講師を経て12年に灘校の教員となった。東京大学をはじめ、難関大学への合格者が多く輩出することから「進学校」と見られがちな同校だが、校則も制服もなく、校風はきわめて大らか。教員の授業内容に学校側から注文が入ることもほとんどない。高校受験がなく、教科書に縛られない私立中高一貫校の特性を生かし、同校に着任した後は「一人親家庭」や「貧困」、「長時間労働と過労死」など人権問題を中心に、外部からゲストを招いた講演授業に力を入れてきた。

 そんな流れの下、15年から家庭科と共同で開催するようになったのが「赤ちゃん先生」という体験型のプログラムだ。子育てに関心をもち、母親の苦労を知ることを目的に、母親と赤ちゃんを講師として同校の体育館に招く。

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授業には「情動的な要素」も必要