藤原新也著『メメント・モリ』※楽天ブックスで予約受付中! 本の詳細を見る
藤原新也著『メメント・モリ』
※楽天ブックスで予約受付中! 本の詳細を見る

 私は自分がそのような肯定的な眼を持っていることによって世界に救われた。そして世界を否定する意識もまた“見る”という肯定的な行為があることによって中和され、表現者として救われて来たのだった。

 *

 私は星山君の言葉を受け、それまで撮った写真の中から選んだ写真をライトボックスの上に並べた。そして「今から24時間内に1冊の本を書くよ」と言った。

 ふたりの編集者はその時私が何を意図しているのかは分からなかったはずだ。私は写真の並べられたライトボックスの前でかなり長い時間考え込んだ末、おもむろに1点の写真を手に取った。それは近景にカンナの花などが咲く四国の瀬戸内海で撮られた海辺の写真だった。私は写真をじっと見ながらひとつのフレーズを声に出して吐く。

「……その景色を見て、わたしの髑髏(しゃれこうべ)がほほえむのを感じました」

 エッという表情で私を窺う若い編集者に向かって、これから私の言う言葉をノートに書き取ってその横に写真を貼ってほしいと言った。

 それが『メメント・モリ』作製のはじまりだった。

 24時間内にと言ったのは文字通り丸一日で1冊の本を仕上げるということである。私がそのような方法を取ったのは自分を追い込むためだった。今でもそうだが、文章の注文がある場合、ほとんどの場合私は直近になって書く。自分を崖っぷちに立たせると知らぬ間に言葉が降りて来る都合のよい体質なのである。

 これは私が写真家ということと関係があるのかも知れない。写真というものはぶっつけ本番で目の前のものに相対し、考える前に瞬時にシャッターを押す。私はそのようにして撮られた自分の写真(風景)たちに向かって言葉のシャッターを切ったのである。

 そのようにしてライトボックスの前で自然と目に入った写真を手に取り、私は次々に言葉を吐いた。当然瞬時に言葉が生まれることもあれば長い間言葉が出ない場合もある。人が緊張に耐える時間には限りがあり、時に私は横になり、時にやにわに雷に打たれるかのごとく起き上がって言葉を吐いた。

暮らしとモノ班 for promotion
動画配信や作業現場で使い勝手良し!ウエアラブルカメラ・アクションカムのおすすめは?
次のページ
『メメント・モリ』は“声”によって“書かれた”不思議な本