「諏訪でがんばれば撮れるかな、と思っていたけれど、やはり無理だ、と。挫折じゃないけれど、そういう時期がありました」
その後、たまたま依頼仕事で訪れた福島県・南会津地方で、「ここだったら、撮れるな」という地形に出合った。
19年から本格的に撮影をスタートし、山形県や北海道にも足を伸ばした。
「山形に行ったのは2回だけですけれど、地形的にこれ以上はもう無理かな、と思うくらいまわりました。当初は山みたいな地形だけにしようかと思っていたんですけれど、それとは違う風景が撮れるんじゃないかなと思って北海道も訪れました。地平線みたいな写真は宗谷地方で、北海道だから撮れた写真です」
■ベンヤミンの言葉
一方、「わりと抽象的な風景にするというか、場所性を希薄にしたい、ということは意識していた。谷川岳にも登って撮影したんですけれど、最終的にはアルペン的なものとか、いかにも風景写真的なものは削りました」
そして、「ベンヤミンの言葉」と、投げかけるように言う。
写真展案内には近代ドイツの思想家・批評家、ヴァルター・ベンヤミンの一節が書かれている。
<植物がわずかに葉の音をたてているところにさえ、つねにその嘆きが共鳴している。自然は黙するがゆえに悲しむのである>(『ベンヤミン・コレクション1 近代の意味』筑摩書房)
「ぼくの場合、何かしらキーワードが見つからないと、なかなか作品がまとまらないんです。今回、このベンヤミンの言葉が非常に大きかった。それで最終的に作品をまとめられた。タイトルの『深い沈黙』もそこからつけたんです」
幼いころから、なぜ、冬の風景がこんなにさみしく見えるのか、ずっと気になっていた。しかし、それをどうにも説明できないでいた。
「これを読んだとき、(ああ、そうか。だからそんなにさみしい風景に見えていたんだ)と、腑に落ちた感じがした。要は、自然は悲しんでいる。しゃべれないから、悲しんで嘆いている、ということだと思うんです」
(文=アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】小林紀晴写真展「深い沈黙」
ニコンプラザ東京 THE GALLERY 7月20日~8月16日
ニコンプラザ大阪 THE GALLERY 9月30日~10月13日
同名の写真集もふげん社から発売予定。B4、62ページ、3800円・税別。