■「3月はもう暖ったけえだろう」
「張碓シリーズ」の作品を最初に発表したのは2015年。
これまでは冬の写真を展示してきたが、今回は春の写真で構成した初の個展という。そんなわけで、春の空気が感じられるように、比較的天気のよい写真を選んである。
出だしの写真は雪に埋もれた海の家。青く塗られた看板には二羽のカモメが舞っている。そのすぐ右には線路が走り、左には小さく写った海が陽光に輝いている。
電車から写した写真には、茶色く汚れた窓の向こうに大きな岩の塊のような恵比寿島が見える。波打ち際まで雪が残り、北国の春を感じさせる。
張碓周辺の海岸には漁業用と思われる小屋や海の家が線路と海の間の細長い土地に点々とするほか、いまにも崩れそうな家が写っていて、郷愁を誘う。
「ここには線路沿いに少しだけ入れるんですよ。それくらいしかもう道がない。その上は山になっちゃうので、ほんとうに狭い場所」
忍路に近い蘭島(らんしま)駅から写した風景の奥にはこんもりとした雪山が写り、人里から遠く離れた場所のように感じられる。
「この駅にはだるまストーブが置いてあって、冬の間はそこが唯一、温まれる場所なんです。でも、3月になるともう撤去されてないんです。『3月はもう暖ったけえだろう』って。いやいやまだ寒いから、という感じなんですけど(笑)」
■新潟とも、東北とも違う魅力
忍路半島の中央には漁港があり、切り立った崖に囲まれた入り江の奥には雪に覆われた積丹半島が見える。
「ここが忍路半島のいちばん先端で、ここから先は歩いても行けないです」
その岸辺には1908(明治41)年に設置された北海道大学の施設、忍路臨海実験所があり、薄いえんじ色の屋根の瀟洒な建物は、スタジオジブリのアニメ映画「思い出のマーニー」の舞台をほうふつとさせる。
これまで多くの写真家を引きつけてきた雪の日本海沿岸というと、青森県と秋田県を結ぶJR五能線沿いの風景が思い浮かぶのだが、この張碓周辺の風景は鉄道と海のほか、かつてニシン漁で栄えた集落の人のにおいが感じられ、とてもフォトジェニックな光景を生み出している。
「人はいないけれど、人の気配は写るかな、と。同じ雪国なんですけれど、新潟とも、東北とも違う。ここにはそういう魅力があります」
(文=アサヒカメラ・米倉昭仁)
【MEMO】佐藤圭司写真展「張碓から忍路へ-春-」
RED Photo Gallery 6月7日~6月20日