「しながわ」店主の品川隆一郎さん。素材に強いこだわりを持つ(筆者撮影)
「しながわ」店主の品川隆一郎さん。素材に強いこだわりを持つ(筆者撮影)

「地雷源」で働くことは許されたものの、徹底したこだわりを追求するのは、体力的にも精神的にもきつかった。だが、まずは仕事を覚えようと必死で修行をした。ここで出していたメニューのひとつ「鶏油魚粉そば」は鶏の出汁に魚の出汁を加えた昔ながらのラーメンの現代版のような一杯。これに感銘を受けた品川さんは、独立する時には昔ながらの中華そばを作ろうと心に決めた。

 2007年6月、2年の修行の後、池袋に「中華そば ゼットン」(のちの「BASSOドリルマン」)を開店した。池袋駅から徒歩12分と決していい立地ではなかったが、最低限の設備と店の広さに惹かれて出店を決めた。

 オープン当初から行列ができ、「池袋の住宅街に行列ができている」と話題になった。だが実際は、品川さんの一人営業だったため、作るのがあまりに遅く、自然渋滞ができていただけだった。行列の凄さが独り歩きしていく中で、話題は少しずつ広がった。その後、名店「中華蕎麦 とみ田」の富田治店主のお気に入りの店としてテレビで紹介され、人気に火が点いた。

「しながわ」の中華そばは一杯850円。チャーシューは2種類のっている(筆者撮影)
「しながわ」の中華そばは一杯850円。チャーシューは2種類のっている(筆者撮影)

 この時、メニューは「中華そば」と「濃厚つけ麺」の2枚看板でスタートしたが、売れるのは濃厚つけ麺ばかり。独立前から目指した味の中華そばは全く売れず、1日200杯提供しても、つけ麺が198杯、中華そばはわずか2杯という日もあった。

「取材が来ても紹介されるのはすべてつけ麺で、中華そばはスタートラインにも立てていない状態でした。そこで、中華そばだけをスピンオフして店を作ることにしたんです。それが『中華そば しながわ』です」(品川さん)

 こうして2013年、要町駅近くに「中華そば しながわ」をオープン。品川さんの地元である秋田の食材にこだわり、ラーメンを作った。

 秋田の味噌・醤油醸造蔵「石孫本店」の醤油を使い、麺も自家製麺にこだわる。さらに品川さんは秋田に自社の畑を開き、そこで育てた野菜をラーメンにも取り入れている。この「しながわ」が「ミシュランガイド東京」の目に留まり、ビブグルマンを獲得した。最先端のラーメンだけでなく、古き良き一杯が評価されたことはラーメン界にとっても大きなことだった。

ツルツルの麺とスープの相性は抜群だ(筆者撮影)
ツルツルの麺とスープの相性は抜群だ(筆者撮影)

「ヤマン」の町田さんは、「中華そば しながわ」のラーメンのファンだ。

「品川くんは独立前からよくうちに食べに来てくれていました。お店を開いて実際に彼のラーメンを食べたら、こんな才能があったのかと驚きました。特に自家製麺を使った中華そば。品川くんの細麺を食べた時、『やるじゃないか』と声が出ましたね」(町田さん)

 品川さんも町田さんを兄のように慕う。

「修行時代『ヤマン』の近くに住んでいたので、朝方仕事が終わって帰ると『ヤマン』に顔を出しては悩みを聞いてもらっていました。町田さんは正義感があって、筋をきっちり通す人です。店主としての目標ですね」(品川さん)

インパクトのあるラーメンで一時の話題性を狙うのではなく、自分の目指すものに向かってぶれずに突き進む。二人の言葉からは、本当に旨いものを届けたいという思いが滲み出ていた。(ラーメンライター・井手隊長)

○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて19年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho

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