しかし、一度に一リットル分の出汁をとれるので、これを家族で食べるのならばいいが、私はひとり暮らしなのである。冷蔵庫にいれて何日も持たせるものでもない。以前、製氷皿に入れて凍らせて、適当に出汁のキューブを溶かして使えばよいというのを聞いてやってみたが、やはり風味も落ちて、より臭みが出るような気がした。出汁は冷蔵したり冷凍したりするのではなく、とったその日のうちに消費するのが、いちばんいいような気がした。

 私の場合、一日に必要な出汁の量は二百五十から三百シーシー程度である。そのために毎朝、出汁をとるのは、料理好きでもない前期高齢者としては、ちょっときつい。毎朝、鍋で御飯を炊き、三食自炊が精一杯だ。そこで出汁の本にも書いてあった、水出し方式を採用した。以前にも昆布や削り節を入れて、お湯をさして出汁をとるポットが売り出されたことがあった。それも便利そうだけれど、寝る前に夏に麦茶を入れていた容器に水、昆布、煮干しを入れて冷蔵庫に入れる。出汁パックを使わないとなると、これが今の私には精一杯である。その前に煮干しは頭とはらわたをとって、ふたつに割く作業があるのだが、それは嫌いではないので、黙々とやっている。ネコが興味を示すかとおもったら、近寄ってきて鼻をひくひくさせたまま、じーっと半分になった煮干しを見ていたが、特に関心を示さずにストーブの前に戻っていった。

 一緒に食事をした料理好きの友だちは、知り合いの和食店の店長に、私と食事をした店の出汁の話をした。すると、鱧の出汁は皮を炙り、骨も一緒に入れて出汁をとるのだと教えてくれた。そして店では料理に使う出汁も、昆布と共にものすごい量の削り節を入れるという。

「店と同じような出汁をとるのは、家庭では無理だと思うよ」

 そういわれて彼女はがっかりしたといっていたが、とにかくいい出汁が出る昆布の価格があまりに高いので、店でも決まった量しか買えない。お店でも原価を考えると、使いたいだけの量は買えないそうなのだ。そして出汁が残った場合、翌日、味をみると、昨日感じた味がすべてとんでしまい、捨てるしかないのだという。

「そこまでやらないと、おいしい出汁ってとれないし、お店の味は守れないのよね」

 私と友だちは、それはそうかもしれないと納得しながら、それでこそ店で食べる楽しみもあるねとうなずき合ったのだった。

※『一冊の本』2019年12月号掲載

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