「はっ?」

 話をしながら、あははと笑っていた私たちはいっせいに彼女を見た。

「焼いていますと、松茸の上に旨味成分がしずくのように浮いてきますので、そうなりましたら食べ頃です。焦げ目がつくのは焼きすぎです」

 といわれ、

「はあ、そうですか」

 とうなずきながら、教えていただいたとおりにした。もっと焼き色がつくまで焼くものだと思っていたが、そうではなかった。見た目ではほとんど生の状態だったが、食べてみると松茸の香りが高くて歯触りもよく、とてもおいしい。その後に出された、松茸のすまし汁を、みんなで、

「おいしいわねえ」

 といいながら口に運んだ。ごくごく飲めそうなまろやかさで、体中にじわーっとしみわたるような味だった。

 お造りの盛り合わせと南瓜など季節の野菜の炊き合わせの間に、鱧と冬瓜のすまし仕立てが運ばれてきた。関西の人は鱧は身近な食材かもしれないが、私が鱧を食べたのは、三十歳を過ぎてからだった。たまたま会食のコースの一品として、鱧の吸い物が出て、白い身の上に赤い梅肉がほんの少し、あしらわれていた。鱧の骨切りをテレビで観たときも、その音が特徴的で、

(大変な手間をかけているのだな)

 と思った。関西では旬の味覚なのだろうが、東京ではあまりなじみのない食材だった。鱧自体に強い味があるわけでもなく、魚自体の味がどうのこうのというよりも、旬の物という楽しみ方なのだろうと、これまでの鱧体験からそんなふうに考えていた。

 しかしこの鱧と冬瓜のすまし仕立ての出汁が、松茸のすまし汁以上においしく、一同で、「なんておいしい」と顔を見合わせて声をあげてしまったくらいだった。友だちの一人はとても料理好きなので、

「このお出汁はどういうふうに作られているのですか」

 とお給仕の女性にたずねると、

「これは鱧の出汁です」

 と教えてくれた。あっさりしているのに、こんなに深い味わいがあるなんてはじめて知った。

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