高崎で教える学生たちと書店イベントへ向かう(撮影/篠田英美)
高崎で教える学生たちと書店イベントへ向かう(撮影/篠田英美)

 近年、著名人が違法薬物の所持や使用で逮捕される度に報道で「本人の意志の問題だ」と叫ばれる。だが医療の専門家の間では、アルコールや薬物などの深刻な依存がやめられないのは「意志の問題ではなく自己のコントロールを失う病」であることが常識となりつつある。編集を務めた白石正明(62)が國分の講演を聞いて「中動態という概念は哲学や言語学の世界の話だけではなく、依存症など現実の問題に向き合う人にもヒントになるのではないか」と考えたことが発刊に結びついた。

 自閉症と哲学の研究にも力を入れている。昨年6月、國分は東京大学駒場キャンパスで行われた「第7回アジア・ドゥルーズ/ガタリ研究国際会議」の座長を務めた。ドゥルーズを研究する世界中の学者が100人以上集まったこの会議で、國分は「自閉症とドゥルーズ」の研究について発表した。

「この20年程の間に、自閉症の当事者の方々が、幼少期から自分が世界をどう認識していたかを語ることが増えました。自閉症の場合、他者の存在を想定せずに世界を知覚していることがありますが、ドゥルーズの哲学は、そもそも人間の知覚のあり方はそのようなものだと考えるんです」

 現在、國分はこのテーマで、東京大学先端科学技術研究センター准教授で医師の谷晋一郎とともにジャンルを超えた共同研究も行っている。

 最新刊『原子力時代における哲学』では題名通り、哲学の観点から原子力発電の問題を考察した。登場する哲学者はプラトン、ピタゴラス、ヘラクレイトス、スピノザ、ハンナ・アーレント、ハイデガーなど数十人に及ぶ。

「原子力問題を考える上で重要なのは1950年代です。当時、日本に落とされた2発の原爆の被害から、核兵器に対して世界中で大きな反対運動が巻き起こりました。しかし原子力発電に対しては『原子力の平和利用』というスローガンのもとで人類を救う技術のように喧伝されていました」

『ヒロシマ・ノート』を後に書く作家の大江健三郎ですら茨城県東海村の日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)を訪問し、原子力という新たなエネルギーに人類の希望の光を見ていた。しかし世界でただ一人、ハイデガーだけは「原子力の平和利用」という言葉の欺瞞を見抜いていたことを國分は同書で解説する。

「ハイデガーは1963年に日本人研究者に宛てた書簡の中で、たとえ原子エネルギーを管理することに成功したとしても、その管理の不可欠なことが、この力を制御し得ない人間の行為の無能をひそかに暴露している、と指摘したのです」

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