國分は学生への授業を一番大切にしている。「僕は学生のとき、『世の中にそんな考え方があったのか』と知ってハッとするのが何より面白かった。今の学生も、打てば絶対に響いてくれるんです」と語る(撮影/篠田英美)
國分は学生への授業を一番大切にしている。「僕は学生のとき、『世の中にそんな考え方があったのか』と知ってハッとするのが何より面白かった。今の学生も、打てば絶対に響いてくれるんです」と語る(撮影/篠田英美)

■答えが出ない問いを考え続けるのが哲学者

 このハイデガーの指摘は60年近くの時空を超えて、未だ終息の途が見えない福島第一原発事故の処理問題を抱える日本人の胸に突き刺さる。一方で國分は「ただ原発はダメだと言っているだけではいけない」とも語る。

「原発のような問題は一人ひとりが自分の頭で考え続けることが大切なんだ。それが本書を通じて伝えたいことなんです」

 同書の担当編集者である晶文社の安藤聡(59)は國分について、

「真理の探究のために平凡な日常生活を維持する努力を全力で続け、社会の具体的な課題に対して哲学者として取り組む姿勢に敬意を覚えます。願わくば、政治に携わる人間に、このような哲学を期待したいところです」と語る。

 哲学者とはどんな人間なのか。國分に問うと、「答えが出ない問いをじっと考え続けることができる人だと思う」と返ってきた。

「ハンナ・アーレントは『答えが出ない問いを考え続けることで、人は問うことができる存在になれる』と語っています。民主主義や立憲主義も決して絶対的に正しいわけではありませんが、今の世の中の根本を支えている制度です。それがダメになったとき、きちんともう一度定義し、説明し直す必要がある。そういう役割を、哲学者が担っていると思うんです」

「知を愛すること」は哲学者だけの特権ではない。政治や社会が混迷を深める今の日本で、我々一人ひとりにも求められている。

(文中敬称略)
   
■こくぶん・こういちろう
1974年 千葉県生まれ、柏市で育つ。地元の小中学校を卒業後、当時ファンだった小室哲哉が卒業生だったことから、早稲田実業高等部を受験し入学する。
 93年 早稲田大学政治経済学部入学。政治経済サークルの部室で仲間と議論する毎日を過ごす。卒論は17世紀の思想家ライプニッツについてフランス語で執筆。
 97年 研究者になると決め、東京大学大学院総合文化研究科に入学。この年、仏ストラスブール大学哲学科に留学し、以後長きにわたるスピノザの研究を始める。「自分は日本の大学では一度も哲学科の学生であったことはない。それが、他の人と少し違う視点でものを考えられる理由かもしれません」
2000年 パリ第10大学哲学科DEA課程入学。
 04年 初めての翻訳書としてジャック・デリダ著『マルクスと息子たち』を岩波書店から刊行。
 06年 東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。同研究科の「共生のための国際哲学交流センター」(UTCP)特任研究員に就任。
 08年 高崎経済大学経済学部の講師となる。
 09年 博士論文「スピノザの方法」で東京大学大学院の博士課程を修了。同論文は2年後みすず書房から書籍として刊行。
 11年 高崎経済大学経済学部准教授。TBSラジオ「小島慶子キラ☆キラ」への出演を皮切りに、「荻上チキSession-22」「文化系トークラジオLife」などに次々ゲスト出演。『暇と退屈の倫理学』で第2回紀伊國屋じんぶん大賞受賞。
 12年 NHK Eテレの哲学トークバラエティー「哲子の部屋」にメインパーソナリティーとして出演。
 13年 本格的な哲学書『ドゥルーズの哲学原理』、現実の政治の諸問題を扱った『来るべき民主主義』、読者の人生相談に答える『哲学の先生と人生の話をしよう』など多様な本を刊行。
 15年 『近代政治哲学――自然・主権・行政』刊行。
 17年 『中動態の世界――意志と責任の考古学』を刊行。同書で第16回小林秀雄賞、第8回紀伊國屋じんぶん大賞受賞。
 18年 東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授に就任。
 19年 『原子力時代における哲学』刊行。

■大越裕
1974年生まれ。フリーライター。理系ライター集団チーム・パスカルに所属し、研究者や先端企業を取材。本欄では「哲学者 鷲田清一」「京都大学総長 山極壽一」などを執筆。

AERA 2020年1月20日号

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