では、どうしてプーチンはその意識を持つに至ったのか。大きな理由は「(情報機関の)KGB出身であること」だと保阪さんは言う。
「私は91年にソ連が崩壊した後、元KGB職員に話を聞く機会がありました。彼らが言うには、体質としてKGBの人間には三つの病があると。一つは激務の影響によるアルコール中毒。二つ目に離婚の多さ。そしてもう一つが、民主主義に対する抜きがたい不信感などの『妄想』です。70年代半ばからの十数年間、スターリンが作り上げたソ連の中でKGBとしてシビアな仕事をこなし、その体質を強く受け継いだ人間が大統領として政治を担うことの危険性は指摘できると思います」
「『妄想』について、プーチンを最も的確に理解していたのは(ドイツの前首相)メルケルでした。彼女はプーチンと話すとき、まず30分ほどはプーチンに一方的に話をさせ、その後で諄々(じゅんじゅん)と説得する。プーチンはそれを『理解』しつつも信じることはなかったそうですが、一目は置いていた。侵攻はメルケルが退陣して3カ月足らずのこと。プーチンにとって、西側に自分の気持ちをうまく話せる人がいなくなった。それが原因の一つだったと思います」
独裁を許容する市民
侵攻から4カ月経った。だが、停戦への道筋は見えない。
「停戦への一番の近道は、ロシアの市民社会化が進み、デモなどで『こんな戦争やめろ』と主張してプーチンを引きずり下ろすことができるかどうか。(旧ソ連共産党の書記長)ゴルバチョフの時代に西洋型の市民社会に近づいていった流れが、成熟しているかどうか。その道筋が今、試されているはずです」
「しかし、現状はプーチンの独裁を許容する市民の弱さがウクライナとの戦争を遂行するバネになってしまっている。市民からの反戦・非戦の声で停戦が実現する可能性はない、と見るしかない。かといって、西側の市民社会でベトナム戦争のときのような反戦の波が起き、プーチン政権に影響を与えていく可能性があるかというと、その素地もない。国連と、ロシア、ウクライナ両国から距離を置く第三国が仲介に入る形での停戦、休戦という方法しか見えません」