「中華と違って、ラーメンにはセオリーがないということを知りました。カウンター越しにお客さんの表情が見えたり、会話ができたりするのも新鮮でした。いい意味で『枠』がない。これがラーメンの面白さだと思います」(中村さん)
その後中村さんは本店に戻り、5年半の修行を終えることになる。実は、「砦」店主の中坪正勝さん(51)は有名ラーメンチェーン「博多 一風堂」の出身。一風堂の創業者である河原成美さんの愛弟子としても知られ、ラーメンに対する誇りを受け継いできた人だった。その分、厳しい現場だったが、ラーメン作りから接客までの全てを学ぶことができた。
10年以上の修行で学んだことを自分の店で表現したい。そう思った中村さんは、自宅から近い相模原で独立することを決意する。物件探しを始めると、淵野辺駅近くでラーメン店の居抜き物件を見つけた。エリア研究はできていないし、資金も十分とは言えなかったが、ここで頑張るしかないと一か八かで契約することにした。
店名は、自身が三兄弟の三男だったことから、「三」をとり、字面でも覚えやすいようにと「中村麺三郎商店」に決めた。ラーメンは「砦」時代に作った限定ラーメンをベースにした。学生街ということもあり、若者が好む濃厚なスープがあるほうがいいと清湯だけでなく白湯も用意した。
こうして16年5月、「中村麺三郎商店」はオープンした。
他のラーメン店主たちが宣伝してくれたこともあり、開店当初からラーメンファンを中心に話題になった。しかし、3カ月ほどするとオープン景気が終わり、急に客足が途絶え始めた。
このままでは埋もれてしまう。中村さんは味のブラッシュアップを図りながら、低迷期をじっと耐えた。すると、オープン当初は行列を敬遠していた地元のお客さんが来るようになり、客層が変わり始めた。次第に家族連れも増え、地元での口コミ効果を感じ始めた。
オープンから約半年、地元のお客さんに支えながら年末を迎えようとしていた中村さんに大きなニュースが舞い込んだ。業界最高権威ともいわれる「TRYラーメン大賞」(講談社)の新人部門2位に選ばれたのだ。
それを皮切りに、「ラーメンWalker神奈川」で新店部門1位、翌年には総合1位にも選ばれるなど、今や相模原エリアを代表する人気店に成長している。
「鴇」の横山さんは中村さんを同世代のラーメン職人としてリスペクトしている。
「同い年ということもあり、一緒に頑張りたい、尊敬できる仲間です。美味しいラーメンを作るためにどうするべきかを常に考えていて、向上心が物凄く、食べに行くたびに刺激を受けています。影響を受けすぎないように気をつけているぐらいですね(笑)」(横山さん)
中村さんにとっても、横山さんのラーメンは理想の醤油ラーメンだという。
「大好きな味で、特に芳醇なスープにはいつも唸ってしまいます。『鴇』のチャーシューに衝撃を受けて、うちも炭焼き窯を買いました。横山さんは謙虚ですがどっしり構えていて、嘘がない。同い年だし、悩みや心境がお互いよくわかるので、助け合いながら一緒に頑張っていきたいと思っています」(中村さん)
同じ神奈川エリアを引っ張っていく存在。ラーメン店主としてはまだ若い33歳の二人は、互いに刺激を受けながらさらなる高みに登っていくに違いない。(ラーメンライター・井手隊長)
○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて18年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho
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