はやしの「らーめん」は一杯850円(筆者撮影)
はやしの「らーめん」は一杯850円(筆者撮影)

 大学卒業後は飲食店で働いたり、実家に戻り副住職をやったりと転々としていたが、今から20年ほど前に飲食で独立しようと決意する。東京でダイニングバーかカフェをやろうと物件を探したが、家賃と初期費用があまりにかかり過ぎると断念。ならば坪数が少なくて済み、初期費用を抑えて出店できる業態にしようと思いついたのが、ラーメンだった。

 まずは書店でラーメンの作り方が載ったハウツー本を買い、自宅でラーメン作りにトライする。テーマは「無化調でも旨味の強い一杯」。飲食で働いた経験が功を奏したのか、すぐに「これだ」と思えるラーメンが完成。いよいよ出店の時が来る。03年夏、渋谷に物件を借り、オープンに向けて準備を始める。

 若い人の多い渋谷エリアで、化学調味料を使わないラーメンに挑戦するとなると、消去法でスープは動物系+魚介系の一択になった。あっさり系の魚介にこってり系の動物をバランスよく合わせることで、爆発的な旨味が生まれるのだ。

一口すすると爆発的な旨味が広がる(筆者撮影)
一口すすると爆発的な旨味が広がる(筆者撮影)

 しかし問題が起こる。自宅では美味しく作れたスープが、大きい寸胴で炊くと上手くいかない。食材や調味料の分量をただ増やすだけでは上手くいかないのだ。3カ月試行錯誤し、冬になっていた。

 いよいよオープンとなったが、開店直後はまったく手応えがなかったという。土曜日なのに5人しかお客さんが来ない日もあった。そのうち2人は知人だったので、実質3人。初月は50万円の赤字を叩き出してしまった。

 美味しいものを作ってもお客さんが来ない。テレビで紹介されたこともあったが、なぜか反応は薄い。

 原因は明確だった。場所の問題である。

 渋谷にあるとはいえ、買い物のついでに寄るエリアでもない。「はやし」を目指して来てくれる人を増やさない限り、厳しい未来しか見えなてこない。

 悩んでいたある日、転機が訪れる。「支那そばや」店主で“ラーメンの鬼”と呼ばれる故・佐野実さんが週刊誌で「はやし」を紹介してくれたのだ。

 他店の味をなかなか認めない佐野さんのお墨付きとあって、ラーメンファンが動き出した。また、雑誌「Dancyu」での紹介も重なり、一気にお客さんが集まり始めた。毎月の赤字から何とか抜け出すことができた。

 筆者が初めて同店を訪れたのは、オープンから4カ月後の2004年3月。一口すすった瞬間に、その旨味のとりこになった。だが、ファンになったとはいえ、限られた営業時間内に店を訪れるのはハードルが高い。「はやし」ファンには、そう感じている人も多いのではないか。

暮らしとモノ班 for promotion
2024年の『このミス』大賞作品は?あの映像化人気シリーズも受賞作品って知ってた?
次のページ
営業時間が短い理由