日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介する本連載。東京で唯一「ワンタンメン」でミシュランガイドに掲載された孤高の職人の愛する一杯は、渋谷の路地裏にありながら、長年行列を作り続ける名店の一杯だった。
■ワンタンメンなのに、「スープに一番力を入れる」ワケ
東急線の池尻大橋駅の程近くにある「八雲」。都内でワンタンメンの名店といえば、数多くのラーメンファンがこの店の名を挙げる。2度の移転を重ねながらも、不動の人気を誇る。「ミシュランガイド東京」では3年連続ビブグルマンを獲得し、ワンタンメンで唯一の掲載となっている。
店主・稲生田幹士(いなうだ・かんじ)さん(54)は、都内のワンタンメン人気の火付け役ともいうべき浜田山の「たんたん亭」で修業をした。そのワンタンメンにリスペクトを込めながらも独自の味を追求。2年の修業を終え、1999年9月に「八雲」をオープンした。
白醤油を使った透明な清湯スープが自慢の“白だし”のワンタンメンが人気だ。かつてアルバイト先だった飲食店が焼きそばに使っていた白醤油にヒントを得たもので、今や「八雲」の看板メニューになっている。
「白だしをメニュー化した2005年頃は白醤油を使っている店も少なく、一気に話題になりました。創業時から出している黒だしよりも人気が出て、メディアにもたくさん取り上げていただきました。お客様の視線の動きを意識して、白だしのボタンを券売機の左上にしたのも良かったですね」(稲生田さん)
ワンタンに注目されがちなワンタンメンだが、「八雲」はスープに一番力を入れている。
「ラーメンの中で、職人の技術が最も注ぎ込まれているのがスープです。コストも一番かかっていますし、素材の良さだけではなく、作り手の苦労や知見がすべて詰まっています。ラーメンを食べる時はスープをぜひ飲んでほしいです」
稲生田さんはそう力強く語る。その情熱が実を結び、ビブグルマンにも選ばれたわけだが、なぜか後に続くワンタンメンの名店がそれほど出てこない。修業先だった「たんたん亭」からも多くの名店が生まれ、どの店もワンタンメンが人気を呼んだが、系列店以外に広がる動きはなかった。ラーメンブームは過熱し、毎年新しいラーメン店が生まれているのに、だ。
なぜワンタンメンはブーム化しないのか。稲生田さんはこう分析する。