18年11月、東京都新宿区の路地裏にある一つのラーメン店が「ミシュランガイド東京2019」の「一つ星」を獲得した。「SOBAHOUSE 金色不如帰(こんじきほととぎす)」である。3種の素材を生かしたトリプルスープが特徴で、「そば(醤油)」は豚骨と蛤と乾物系、「真鯛と蛤の塩そば」は真鯛と蛤と乾物系を合わせている。それぞれのスープに浮かんでいる3種の特製ソースを溶かして味を変化させながら楽しめるラーメンだ。
店主の山本敦之さん(45)は高校を卒業後、建築関係の仕事に就いた。元々ラーメンが好きで、「永福町大勝軒」(杉並区)や「ちばき屋」(江戸川区)などによく食べに行っていた。ある日、店主がラーメンを振る舞う姿を見て、ラーメンを作るという仕事の魅力に気付く。自分が心を込めて作ったラーメンをお客さんが美味しそうに食べて笑顔で帰ってくれる――。素晴らしい職業だと感じた。
自分の進むべき道はラーメンだと感じた山本さんは、26歳だった00年10月、修行生として「永福町大勝軒」に入店。店主に会いに行っては何度も断られ、7回にわたる面接を経てのことだった。厳しい現場で必死に修行を続け、丸1日休んだ日は正月のたった1日だけだったと振り返る。
いつかは自分のお店を持ちたいと自宅でもラーメンの研究に励み、理想の味を追求していった。通常、「永福町大勝軒」では5年で修業生を終えるところ、卒業を前に4年半で退職。独立に向けて動き始めた。
物件探しの末、06年1月に幡ヶ谷に「SOBAHOUSE 不如帰」をオープンさせる。テーマは「蛤を使ったオンリーワンのラーメン」。やるからには誰も作ったことのない新しいラーメンで勝負したかった。とにかく1番になりたかったのだ。
しかし、開店から2年間は閑古鳥が鳴き続けた。1日に5食しか売れない日もあり、家財道具を売り払って何とか家計をやりくりする日々。山本さんが描いた「オンリーワン」は、お客さんに受け入れてもらえなかったのだ。
「いくら自分が美味しいと思っても、お客さんに伝わらない味では仕方がない。それは分かっても、自分の味がお客さんに理解してもらえない状況はとても苦しかったです」(山本さん)
他では食べたことのない、山本さんならではのラーメン。だが、新しすぎるからか受け入れてもらえない。もっとわかりやすく、美味しいスープを作り上げるべく試行錯誤の日々が始まった。最初の2年間は思うように結果が出ず、開店3年目にしてようやく一日40杯ほどを売り上げるようになった。だが、それでもお店として採算は取れない。