日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介するこの連載。高級ホテルの総料理長からラーメン職人に転身して名店を作り上げた「勝本」の店主が愛する一杯は、ミシュランガイドの星を長年狙い続けた店主が紡ぐ、誰にも真似できない一杯だった。
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■ラーメン業界に激震 「醤油」「塩」「味噌」に次ぐ第4の“タレ”は…
京都全日空ホテル(現・ANAクラウンプラザホテル京都)の元総料理長・松村康史さん(59)はホテルの料理人としての36年のキャリアにピリオドを打ち、人生最後のステージにラーメンを選んだ。2015年3月に水道橋に「中華そば 勝本」をオープン。その後、「神田 勝本」(神保町)、「銀座 八五」(東銀座)を含む3店舗を展開し、連日行列の人気店となっている。だが、その道のりは決して平たんではなかった。
フレンチで研鑽を積んだ松村さんが最初にぶつかったのが、スープの壁だった。美味しいブイヨンは作れたが、それではラーメンのスープとしては上品すぎる。600軒ものラーメン店を訪れて研究を重ねるなかで、ラーメンらしく仕上げるためには、フレンチにはない雑味やえぐみというワイルド感が必要だと気付く。試行錯誤の末、「中華そば 勝本」「神田 勝本」では、長年培ったフレンチの技法を封印することを決意。そこで生まれた旨味の深い調和がとれた上品な中華そばは、お客さんからの評判も良かった。
しかし、松村さんの考えるゴールはさらに先にあった。18年12月に東銀座にオープンした「銀座 八五」で松村さんは、“カエシ(タレ)”を使わないラーメンを作ってしまったのだ。これにラーメン業界は激震した。
ラーメンの基本的な作り方は、丼にカエシを入れ、そこにスープを注いで、麺と具を入れるというものだ。例えば、醤油ダレに鶏ガラや煮干などのスープを注げば醤油ラーメンができあがる。
新店では新たなチャレンジをしたいと考えていた松村さんは、「醤油」「塩」「味噌」に次ぐ“第4のタレ”を作ろうと模索していた。だが、インパクトのある調味料はなかなか見つからない。失敗に向かおうとしていたそのとき、松村さんは思いついた。
「タレがなくても、ラーメンは作れるに違いない」
松村さんは味の決め手であるカエシ(タレ)を排除し、ダシの素材の味だけで勝負することを目指した。