ペルの歩調でゆっくりと散歩をする「ぼく」は、社会の波に乗れない、不器用だがやさしい青年だ。そんな「ぼく」の小学校時代の同級生への淡い想いが物語の横糸となる。

「今回の執筆のために6回以上、現地へ行きました。犬の散歩コースを決めるためでもあったし、実際に歩いてみると土地の空気やそこにあるもの、さまざまな素材を拾うことができる。僕は犬を飼っていないし、借りてきて付き合わせるのも悪いので一人で行ったんですけど(笑)」

 中学時代にネットで執筆をはじめ、好きな作家の言葉や一篇をひたすら書き写してきたという乗代さん。塾講師を10年務めたのち小説家に。「ぼく」は作者の実直なイメージにも重なる。

 時は移り、野馬はいなくなった。いずれペルとの時間も、この場所もなくなる。時間の移り変わりが映画のタイムラプス映像のように鮮明に目の前に広がり、切なくなる。

「日常生活で当たり前だったものは意識しないうちに消えていってしまいます。でもたまたま300年前にその村にいた人が残した文字から昔のことを知ることができることがある。月並みですが、すごいことだなと思うんです。自分も土地の記憶を、形に残る本や文字で残しておきたい。美しい本になって嬉しいです」

 本を手に、ぜひ鉄道の旅へ。(フリーランス記者・中村千晶)

AERA 2022年12月26日号

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