AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。
『鉄道小説』は、乗代雄介さんの著書。時刻表などで知られる交通新聞社が鉄道開業150年を記念して編んだ小説集。乗代さんの「犬馬と鎌ケ谷大仏」をはじめ、温又柔さん、澤村伊智さん、滝口悠生さん、能町みね子さんら気鋭の作家5人が、五者五様のアプローチで“人と鉄道の記憶”について書き下ろしている。乗代さんに、同書にかける思いを聞いた。
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あ、可愛い! 本を見た瞬間、胸がわき立った。パステルピンクの外箱に開いた窓は、車窓のごとくそこから広がる物語へと我々を誘う。
5人の作家が“人と鉄道の記憶”について書き下ろした小説集『鉄道小説』。個性溢れる5編のなかでも、とりわけ心惹かれるのが乗代雄介さん(36)の「犬馬と鎌ケ谷大仏」だ。
「いわゆる“鉄”ではないんです。ただこれまで土地について描くことが多く、鉄道や電車を含めて作品にしてきました。それでお声をかけていただいたのかなと。そういえば5作品のなかで、僕だけが電車に乗ってないですね」
と、乗代さんは笑う。
千葉県北西部を走る新京成電鉄に実在する「鎌ヶ谷大仏」駅周辺が舞台だ。フリーターのぼくと老犬ペルの日常に“がっかり大仏”と呼ばれる大仏の由来、さらに江戸時代、この土地にいた野馬(のま)と、野馬を追い込んだ「野馬土手」の歴史が絡み合う。
「千葉は小3から高校までを過ごした場所で、新京成電鉄沿線が最寄り駅でした。駅名が気になって鎌ヶ谷大仏にも中3のころ行ったことがあります。高校時代から地域史に興味を持つようになり『野馬土手』の存在を知ったんです」
いまも成田市や船橋市などに面影を残す野馬土手。そこを走る野生の馬。ロマン溢れる光景と広大につながる土手のイメージが鉄道に重なった。犬のペルも重要な存在だ。
「鉄道の話からは動物はまず抜け落ちてしまいます。でも絶対にその土地にいたものだからどうしても入れたかった」