
「客の納得」のため、悪者に
「すみません、ビールは出せないんです」「なんで出せないんだよ」。ちょっとした押し問答がしばらく続いたあと、営業担当が血相を変えて俺のところにやってきました。
「剣道部のOBから、あいつ(リュウジ)はめちゃくちゃ態度悪いって、上の方までクレームが来てますよ!」
「え? でも幹事から、予算が決まってるからこれ以上ビールは出さないって話になったんですよ。ちゃんと確認もしているし、注文通りやってますよ」
「それはそうなんですけど、あいつの態度が悪いという話になっていて、このホテルはもう二度と使わないって言われてるんですよ。ちょっと謝ってもらえますか?」
どうやら、現役生の幹事が、ビールをこれ以上出せないことをホテルのせいにして責任を逃れたかったようなんです。OBは酒を出せと言っているけど、「予算がないから出せない」なんてことは言えない。だから「ビールが出てこないのはスタッフのあいつのせいなんですよ。あいつ態度悪いでしょ」という流れにした、と。
酔ったOBを納得させるために、俺を悪者にしたというわけです。
「お前のサービス不行き届きだ」
俺も俺で、営業担当に言い返しますよね。
「お金がないって言うから出せないだけですよね。なんで俺が悪いってことになるんですか?」
「それでも言い方ってもんがあるってことですよ」
サービス業には、クレームを言われたら謝るしかないという悪しき習慣があります。どんなに正当な言い分があったとしても、クレームは言われた時点で負け。
だからそうならないように、ビールの件は幹事に徹底的に確認して段取りをしていたんです。その幹事から予算内に収まるようにしてほしいと言われているのだから、ビールは出せるわけがない。
それなのに社内から「ビールを出さないリュウジが悪い」と言われたわけです。
ふざけんなと思いました。
俺はちゃんと言われた通りに仕事をしました。剣道部OBの言う通りにビールを出せば、会社に損を出しますよ。そう営業担当に言ったのですが、それでも最終的に言われたのは「お前のサービス不行き届きだ」ということでした。
職場は楽しかったけど、この一言は本当にありえないと思いました。
(リュウジ・著『孤独の台所』では、ホテルで経験したもう一つの理不尽、イタリアンレストランでの料理人修業など、人気料理研究家として成功するまでの苦難のキャリアについても語っている)
