おうたに・あきら/1981年、東京都出身。2012年にデビュー。代表作に『完璧じゃない、あたしたち』『どうせカラダが目当てでしょ』『ババヤガの夜』『君の六月は凍る』などがある(撮影/写真映像部・佐藤創紀)
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 AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

【写真】ちょっと「ふつう」から離れた人々の関わりをあたたかく描く物語

 急死した春夫おじさんの遺品整理のため下町の「メゾン・ド・ミル」を訪れた大夢。ドアには「他人屋」の看板がかかり住人たちが次々と訪ねてくる。さらに部屋には「幽霊」がついていて──!? ちょっと「ふつう」から離れた人々の関わりをあたたかく描く物語『他人屋のゆうれい』。著者の王谷晶さんに同書にかける思いを聞いた。

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 みよ、この美しきタトゥーを! さすがはヤクザ世界のシスターフッドを描いた『ババヤガの夜』で知られる王谷晶さん(43)!と思ったが、

「入れたのはババヤガのあと、40歳を過ぎてからなんです。が柄を取り戻したというか、この方が自然な自分だなという気持ちになってきました」

 そう話す王谷さんは口調も雰囲気も包み込むようにやわらかい。新作『他人屋のゆうれい』はそんな王谷さんのやさしさを味わえる逸品だ。派遣の仕事で暮らす大夢(ひろむ)は伯父・春夫の訃報を聞き、彼の部屋を片付けにいく。下町にあるマンション「メゾン・ド・ミル」には一風変わった人々が住んでいた。「しんぶん赤旗」での連載をまとめた。

「重すぎず、毎日楽しく読める話にしようと思ったときに落語の長屋噺が浮かんだんです。八っつあんやさん、ご隠居が出てくるような、現代の長屋噺を書きたいなと」

 住人たちと関わりながら大夢は伯父の部屋の「秘密」を知ることになる。ホラーか?と思わせての意外な展開に引き込まれる。特にリアルなのが大夢の仕事の描写だ。派遣先のコールセンターでは派遣社員と正社員で休憩場所も使うエレベーターも区別される。

「私自身、正社員になったことが一度もなくライン工や警備員、コールセンターなどで働いてきました。大企業やホワイトカラーの職場になるほど立場の格差が露骨なんです」

 メゾン・ド・ミルの住人たちはどこか社会からはみ出している。なかでも人と距離を置いて生きる大夢には他者に恋愛感情を抱かないアロマンティック(Aro)や、他者に性的に惹かれないアセクシュアル(Ace)の雰囲気がある。

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