「AERA dot.」に最近掲載された記事のなかで、特に読まれたものを「見逃し配信」としてお届けします(この記事は10月8日に「AERA dot.」に掲載されたものの再配信です。年齢や肩書などは当時のもの)。
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様々な業界で「人手が足りない」と悲鳴が上がっている。2040年に現役世代が今の2割以上減少する「8がけ社会」がやってくると予測される今、解決する手はあるのか。労働力が急減している各地の実態に迫った「朝日新聞」大人気連載を書籍化した『8がけ社会』(朝日新書)より、一部抜粋・再編集して紹介する。
ロスジェネ女性を見捨てたのは誰か
社会を支える現役世代がいまの8割に減っても、誰もが生きやすく、それぞれの力を発揮できる社会にするにはどうすべきか。
記者(28)が、困難に直面するロスジェネ女性の当事者とともに考え、その道筋を探った。
「私たちは社会に大事にしてもらえなかった。悪い歯車に乗っかったんです」
神奈川県の40代女性は、取材班の一人だった私にそう語った。
女性が社会に出たのは、1990年代後半から2000年代前半の就職氷河期だ。朝日新聞は2007年の新年企画で、当時25〜35歳だった世代を「ロストジェネレーション(ロスジェネ)」と名付けた。非正規で働く割合が高く、いまも多くが低賃金と不安定雇用にさいなまれている。
フルタイムの非正規雇用で働いて20年近くになる女性は、ロスジェネそのものだ。独身で実家暮らし。いまの職場は幸い雇い止めがなく、やりがいも感じている。だが、経験と実績を積んでも評価は上がらず、最低賃金のまま。一人暮らしを始める余裕はない。両親から「私たちが死んだらどうするの」とよく聞かれる。
就職氷河期、運良く就職決まったが
社会に出てすぐ、製造業に正社員で採用された。就職氷河期にしては運良く、学校のOBのつながりですんなりと就職が決まった。
職場は9割が男性だった。数少ない女性の日課は1日3回のお茶くみで、宴会では「上座の幹部にお酌をして」と言われた。同じ正社員でも男女で与えられる機会が違い、「どうして私だけ」と違和感が募った。
ここではやりたい仕事ができないと考え、3年で辞めて販売業に非正規で就いた。望んだ仕事だったが給料は激減し、生活のために三つの仕事を掛け持ちしたこともある。贅沢はせず、正社員のときは楽しみだった旅行を我慢した。