安田峰俊さん(やすだ・みねとし)/1982年生まれ。著書に『八九六四』『中国ぎらいのための中国史』ほか多数。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員も務める

経済頭打ちで閉塞感

 社会状況の変化もあります。コロナ禍で外国との接点が減り、社会が内向き化して愛国的なプロパガンダが無批判に受容されやすくなったほか、経済が頭打ちで閉塞感が強くなり、過激な情報がはけ口になっている面もあるでしょう。「日本人であることを理由に襲われる可能性がある」点で非常にリスキーで、半年から1年くらいは最大限の警戒が必要だと思います。

 ただ、過激な情報に煽動される人は中国人全体で見ればごく少数で、ほとんどの人は極端な反日思想は持っていませんし、過激な意見がネット上に流れていることも意識していません。逆に、日本人学校の前に花束を供えるなど哀悼の動きをする中国人の姿が報じられていますが、彼らもまた一般的ではありません。普通の良識を持ち、政治的なことにはあまり関心がない大多数の中国人はそもそも事件を知らないし、仮に知っても「気の毒に」とは言うものの、反日が原因とは考えもしないでしょう。中国では学校帰りの子どもが刃物で刺されたり、トラックで襲われたりする事件が多く起きています。明の時代の残忍な武将の名から「謙忠事件」と呼ばれ社会問題になっていますが、多くの中国人にとっては今回の事件も謙忠事件の一つと受け止められています。

 最後に、事件を受けて日本国内でも中国人に対するヘイトのような言動が増えていますが、仮に日本で中国人に対するヘイトクライムが起きれば、それは中国当局を利する、ということです。例えば日本の中華学校が襲われれば、中国の事件も「反日教育の結果ではなく、どこでも起こり得る偶発的な事件」と主張する材料に使われるんです。

(構成/編集部・川口穣)

AERA 2024年10月7日号

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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