ろうそくを手に、亡くなった男児を悼む在日中国人たち=2024年9月19日、東京都新宿区
この記事の写真をすべて見る

 中国・深セン(センは土へんに川)で9月18日、深セン日本人学校の男児が刺され死亡した。事件が起こったのは満州事変の発端である柳条湖事件の起きた日。いま、中国社会はどうなっているのか。中国ルポライターの安田峰俊さんが語る。AERA 2024年10月7日号より。

【写真】「中国ルポライターの安田峰俊さん」はこちら

*  *  *

「恐れていたことが起きてしまった」というのが事件を聞いた最初の印象です。6月にも蘇州で日本人学校のスクールバスが襲われる事件がありました。そして今回は満州事変の発端である柳条湖事件の起きた日に日本人学校の児童が襲われた。中国当局は「個別の偶発的な事件」と強調していますが、「反日」が理由であることは明らかです。

 この9月18日や盧溝橋事件があった7月7日、南京大虐殺の12月13日の前後は日本への反感が特に高まります。この時期は在中国日本人にとって居心地が悪く、目立つことは極力しないように過ごす人が多い。日本人同士の飲み会なども避ける日です。2021年にはソニーグループの中国法人が7月7日に新製品発表会を予定したところ猛烈な反発が起き、発表会が中止に追い込まれたばかりか、「国家の尊厳や利益を損なった」として罰金を科されています。

 ただ、日本で多く聞かれる「事件は行き過ぎた愛国・反日教育の結果」という意見は正確ではないでしょう。反日教育自体は30年以上前から行われていて、「いま」こうした事件が起こる理由にはなりません。

 一方、過去と変わったこともあります。一番はスマホの普及です。ニュースポータルサイトやSNS上のコンテンツを誰もが気軽に目にするようになり、極端な情報の煽動を受ける人が増えました。いまは規制が入ったようですが、蘇州の事件まではネット上の反日コンテンツはほぼ野放しでした。反日はインプレッションを稼ぎやすく、過激なコンテンツも多くあります。中でも人気だったのが、「日本人学校はスパイの拠点」だとする言説です。「日本人学校の入り口は厳重に護衛され、中では日本の軍国主義教育とスパイ養成が行われている」みたいなことを主張するショート動画が多数流れていました。

次のページ
経済頭打ちで閉塞感