学校から示されるアイテム見本や在校生の持ち物に入った美しい刺繍を見て、構えてしまう親も多いという。ワンポイント刺繍から練習できる初心者用キットも扱ってはいるが、プロの手を借りたくなるのが正直なところ。オーダーで、刺繍も、フリルやレースなどの飾り付けの希望も受けている。
店では、60人ほどの刺繍作家を抱える。子どもを私学に通わせている女性が大半のため、手慣れている強みがある。各作家の得意とするオリジナル刺繍図案が、分厚いサンプル帳にまとめられ、オーダーの際には、そこから好きな図案を選ぶシステムだ。小花や動物、乗り物といった可憐なものから、一枚絵のような複雑なものまである。
「お父さまが息子さんの好きな車をモチーフに図案を描いて、持ってこられたこともあります。お子さんへの思いがあふれる作品ですので、なんとか刺繍に落とし込めるよう、相談を重ねて実現させました」
ただし、私学の場合、デザインに校風を意識する必要があると、郷司さんはいう。落ち着いた校風の学校には、紺色の生地に刺繍を品よく施す。刺繍を入れる面積にも気を使うという。バッグの裏地一つでも、表面と同じ紺色にすべきか、ストライプ柄など少し遊び心を取り入れてよいか、違うのだ。比較的自由な学校には、鮮やかな色柄の生地を使っているそうだ。
「わが子のためにいろいろと凝りたくなるのが親心ですが、校風にそぐわないときは、きちんとお伝えするようにしています」と話す郷司さんは、長年の経験や学校からの情報を基にふさわしい雰囲気を把握し、準備に不安な親たちに寄り添っている。
持ち物一つひとつに、ペン書きでなく、手刺繍で名前を入れるよう指定があることも。
「とまどう方も多いですから、名前刺繍に向いている糸の品番や太さ、ステッチの方法など、細かいところまでアドバイスしています」
かつて自らも息子を私立の小学校へ通わせていた郷司さん。当時、クラスの母親の多くが、持ち物の手作り指定に頭を悩ませていた。裁縫を得意としていた郷司さんが手伝うと喜ばれることが多かったという。
入学準備時期を問わず、定規を入れる袋など急遽必要になったアイテムをお客さんから聞くと、すぐに図面を引き、直接工場に生地を持ち込んで商品化。数日後には店頭に並べることもあるという。ネット上で、個人作家に注文できたり、ハンドメイド品を購入したりできる便利な時代でも、そのスピード感が親たちに受けている。