愛が流れると書いて「愛流」。自分を通して愛が多くの人に循環する、その名のような俳優になりたいという(写真/植田真紗美)
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 俳優、窪塚愛流。俳優、ミュージシャン、ダンサーと、アーティスト一家に生まれた窪塚愛流は、自然と俳優になりたいと思うようになった。甘く見ていた世界ではなかったが、作品ごとに演技の壁が立ちはだかる。父が窪塚洋介というイメージも強い。だが、俳優の道は家族からもらった夢でもある。初舞台「ボクの穴、彼の穴。W」への挑戦も決めた。自分だけの俳優像を模索して進む。

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「戦争です。見渡す限り何もない。何も……ない」

 8月半ばの猛暑の午後。東京・世田谷にある稽古場に、窪塚愛流(くぼづかあいる・20)の声が響いた。小銃を肩から下げ、カーキ色のつなぎを着た彼はいま、孤独な兵士となって不毛の地にいる。

「何もないなか、ふたつだけあるものがある。穴。穴がある」

 窪塚が挑んでいるのは、デビッド・カリ作、セルジュ・ブロック絵の絵本が原作の舞台「ボクの穴、彼の穴。W」のボクA役だ。登場人物は敵対する二人の兵士のみ。それぞれが戦場に掘られた穴に潜み、相手の襲撃におびえながら独り言をつぶやき、ときに乾いたユーモアを交えながら、ギリギリのところで精神を保っている。二人芝居ではあるがほぼ一人芝居に近く、長いセリフを独白のように話し続けなければならない。初舞台としては難しい役だ。窪塚は言う。

「舞台とは体全体を使うもので、セリフがすべて自分のなかに自分の言葉で入っていないと全然動けないのだと、稽古初日に痛感させられました。以来、台本と一緒に寝て一緒にトイレに入る、みたいな状態です」

 稽古場の端で敵役のボクBを演じる俳優・篠原悠伸(ゆうしん・32)が窪塚の芝居をじっと見つめている。子役からキャリアを積んできた篠原は、稽古初日からの窪塚の変化に刺激を受けていると話す。

「まず、初日と声量が全然違いますね。進化が目に見えるのが僕にとっても楽しいというか」 

 本作の翻案・脚本・演出のノゾエ征爾(せいじ・49)もうなずく。

「稽古をやるたびに変化して、すべての会話がちゃんと響くんだなと驚きます。まだ何にも染まっていないし、演技に本人の人柄が溢(あふ)れ出ている。いま感じていることに素直でいてくれて、何をやっても嘘がない感じがとてもいいと思う」

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相手に譲ってあげる性格 ヒーローより悪役を担当