NHKの場合は扱うディレクターやプロデューサーによっては、そうした著作物に対する敬意をきちんと払ってくれる人もいる。

 そういう人たちのつくるものは、安田さんの本と同じように、やはりちゃんとしているし、残っていく。

 安田浩一さんは2012年に発表した『ネットと愛国』でヘイトスピーチという言葉を日本のメディアに根付かせることになったが、この『地震と虐殺 1923-2024』で安田さんは、100年前の関東大震災の際に起こった朝鮮人や社会主義者、障害者の日本人による大虐殺の現場に足を運び、もう一度ほりおこそうとしている。

 これらの虐殺については、小池百合子都知事が、これまでの都知事がずっと送ってきた朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付をとりやめるなど、近年否定の動きが進んでいる。だからこそ、危機感を感じて、安田さんは虐殺が起こった関東の各地を歩き、殺された人々の末裔がいる韓国にも飛んでいる。

 そしてくりかえしになるが、こうした虐殺の事実は、安田さん以外の先駆者たちによって各地で地道に掘り起こしが続けられてきた。それを安田さんはきちんと記しているのだ。

 冒頭にあげた例の他にも荒川河川敷での遺骨の発掘を呼びかけ実現させた小学校教師の絹田幸恵(故人)についてはこんなふうに書いている。

 絹田は子供たちのために荒川の歴史を調べているうちに朝鮮人が労働現場にかりだされた人工川である荒川放水路で、虐殺があったという話を聞く。

〈記者経験など持たない小学校教員は、まさに靴底を減らして徹底した調査を、たったひとりでおこなった〉

 このコラムで、新聞やテレビのいわゆる「前うち報道」の害について書いてきた。他を蹴落としてでも、最初に抜く。それとはまったく正反対のベクトルの筆遣いがフリーランスでずっと仕事をしてきた安田さんのこの本にはある。

AERA 2024年9月9日号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。標準療法以降のがんの治療法の開発史『がん征服』(新潮社)が発売になった。元上智大新聞学科非常勤講師。

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