
集中と分散の間
パワーが集中すれば思い切った決断や意思決定ができる一方で、行き過ぎた権力集中が監視国家につながったり、一つのプラットフォームが社会を牛耳ることになりかねない。パワーの分散では、ブロックチェーンのように個々人でつながるネットワークが生まれ、外的要因に影響されない仕組みを作ることができる。だが、マネーロンダリングやテロ資金の供与といった問題もはらんでいる。
「それを解決するのが、集中と分散の間を目指すというプルラリティの考え方です。人間の知性をAIが超える転換点を指す『シンギュラリティ(特異点)』がテクノロジーの進化スピードを規定しているとすれば、プルラリティは社会がテクノロジーとどう向き合うのかを考えようという話だと思っているんです」
飛行機や蒸気機関車といった新たな技術が生まれるたびに、その発明を社会でどう活用するのか、さまざまな観点で議論がなされてきた。だが、AIの誕生により、社会の成熟を待たずして新たな技術が次々に生み出されるようになった。だからこそ、そのあり方を見極めることが必要になってくる。
未知なるものへの憧憬
「都知事選が4年に1度しかないように、民主主義国家が意思決定をするには長い時間を要します。AIが発達した今、技術と社会の変化スピードのバランスを取ることがすごく大事なのではないかという思いが自分のなかにあって、何かを考えるときにはこのプルラリティ/シンギュラリティという対になる言葉に立ち返っています」
SF作家、AIエンジニア、そして都知事選立候補。少し不思議な経歴の安野さんの言葉からは、未来への好奇心があふれ出す。大切にする三つめの言葉は、
「センスオブワンダー」
ここにも未知なるものへのあこがれが垣間見えた。
「SF小説に限らず、ゲームやアニメも含めて、物事の見方がガラリと変わる体験ができるセンスオブワンダーのある作品がすごく好きなんです」
最近センスオブワンダーを感じたのは、中国の作家・劉慈欣(リウツーシン)さんによる『三体』。宇宙を舞台にしたSF小説で、20カ国語以上で約2900万部が出版されたベストセラーだ。
「作品を読んだ後に空を見上げると、これまで見ていた空とは違う景色を見ているような感覚になりました。小説を書くときもスタートアップを作るときも、出馬して政治的な主張をするときも、誰かのものの見方を変えるくらいのことができるといいなと思っています」
(編集部/福井しほ)
※AERA 2024年9月2日号