AERA 2024年9月2日号より

 岸田首相と向き合った安野さんは、白い機器を口に当て、こう説明した。

「このマスクをつけると、リアルタイムに私の声が総理の声に変換されて聞こえます」

 すると、声色や話す速度が岸田首相にそっくりの音声がその場に流れた。

「AIですごいことができそうだという可能性も見せられるし、一方でそのすごさゆえに詐欺などに使われてしまうリスクも伝えられる。理屈でわかることと気持ちでわかることは全然違います。その両方を一気に伝えられることが、百聞は一見に如かずの強みだと思います」

 SF作家として、言葉を扱う一人でもある安野さん。「百聞は一見に如かず」は言葉と対極に位置するようにも思えるが、SF小説のなかで生まれる言葉は「見せる」ことの延長線上にあると考えている。

「言葉だけで捉えると対極に感じるかもしれませんが、SFは未来のことを統計や市場規模といった理屈で説明するのではなく、キャラクターの目線を通して世界を見せることができるんです。その意味でSF作家は書きながら見せているのかなと思うんです」

 AIエンジニアとしての顔も持つ安野さんが、日々物事を考えるなかで大切にしている言葉がある。

「プルラリティ/シンギュラリティ」

 プルラリティは、台湾の元デジタル発展部部長のオードリー・タンさんらが4月に出した本のタイトルでもあり、安野さんはその意味を「多元性」と説明する。

「台湾ではデジタルという意味もあって、テクノロジーを使うことで多元的な価値観を持つ人たちをつなぎあわせて、民主的な社会を作ることができるという考え方です。都知事選に出るなかで、オードリーさんの本にはとても影響を受けました」

 NTTドコモの2024年の調査では、国内の携帯電話所有者のうちスマホの比率は97%に。誰もが手のひらにテクノロジーを持てる時代になった。子どもたちはプログラミングを学び、今日もどこかで新しい発明が生まれている。そんな時代において、安野さんは、テクノロジーには二つの力があると指摘する。

 一つは、パワーを集中させる力。もう一つは、そのパワーを一人ひとりにくまなく分け与える力だという。

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