イラスト:サヲリブラウン

 客は肉体を癒やすためだけにサロンを訪れるのではありません。体をほぐされていくうちに、誰もが人に言えない悩みを口にするようになるそう。張りつめていた心も緩むのでしょう。サロンを営む別の友人も同じことを言っていた。

 Aさんは「答えはお客様がもっている」とも言いました。「答え」とは、お客様がほしかったものを手に入れられたかどうかでしょう。肉体だけでなく、心のわだかまりも解消できたか否か。答えを導きだすには、客の安心と安全が確保できる場所で、じっくり向き合うしかない。そう思っての独立だったそう。

 最近、俗に言う異業種転職の脱サラとは異なり、いま持つ自分の技術をより極めるための大人の独立が目立ちます。フリーアナウンサーの堀井美香さんも50歳で独立しました。会社員であり続けたからこそ、定年60歳までの10年をどう働くかを、真剣に考える年ごろなのかもしれません。守られて働いてきた人が、今度は自分の信条を守るため、リスクをしょって沖に出る時期。

 晴れて自営業になれば定年の概念など吹き飛ぶのですが、とは言え思うように働ける時間は限られています。私だってそう。後悔のないように生きるには、あと10年どうやって働くか。新たな命題です。

AERA 2024年7月8日号

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ジェーン・スー

ジェーン・スー

(コラムニスト・ラジオパーソナリティ) 1973年東京生まれの日本人。 2021年に『生きるとか死ぬとか父親とか』が、テレビ東京系列で連続ドラマ化され話題に(主演:吉田羊・國村隼/脚本:井土紀州)。 2023年8月現在、毎日新聞やAERA、婦人公論などで数多くの連載を持つ。

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